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そうなんだよ。うん。
今日は、嘘を吐く日だし。
あっ、いや違う!今日はあれだ。もう新学期だし、なんて言うかその、心の整理を付けるべきだし?そう、昨年度やり残したことを解決しないとね。うん。そういうことだ。
ていうか、その、いつも馬鹿にされてばっかじゃ気分悪いし。
たまには兄貴を【ぎゃふん】と言わせてやりたいし。
(…くそ、ばかみてぇだ)
町中が茜色に染まる頃。
良守は自宅の上空に小さな結界を作りあげ、その上に一人座り込んで携帯電話を弄ぶ。
いやに動揺を隠せない自分に苛立ちを覚えた。
…すう、
ゆっくりと息をつく。
心を決める。
大丈夫、
嘘…、吐くだけだ。
緊張なんて、するかよ馬鹿。
トルルルル、トルルルル。
兄から預かったままの携帯の画面には、たったひとつ、この電話が覚えている番号。着信履歴から呼び出すそれは、アドレス帳にも入っていない。
トルルルル、トルルルル。
(……仕事かな)
ふう。
同じ呼び出しの電子音を鳴らすだけの携帯に、なんだか拍子抜けして、良守はそれを耳から放した。
電源ボタンに手をかけようとしたその瞬間、画面が変わった。
『………ぃ、あれ、
……よしもり---?』
どきん。心臓が跳ねる。
あわてて携帯を耳に当てた。
『おーーい、良守ー。聞こえてる?』
「…お前出るのおせーよ!」
『ああ、ごめんごめん。ちょっと手が放せなくてさ』
「……いま忙しい?」
『んー、お前と話す時間くらいは割けるぜ?』
――優しい兄貴に感謝しろよ、なんて、くすくす笑う。
久し振りに聞いた声に、なんだか耳がこそばゆい。
(……おいまて、俺乙女じゃあるまいし!)
『……り、よしもり、おーい?』
「……わっ、ごめん!な…なに?」
『…お前何考え事してんの。』
「いや、別に…」
『あー、久し振りに俺の声聞けて嬉しかったわけね』
「寝言は寝て言え。」
『なんだ、冷たいな。
――俺は、良守の声聞けてうれしいけど?』
「…〜〜知るかっバカ!!」
思わず顔が火照る。
(なんでこいつは、『甘いセリフ』を、さらりと弟に吐きやがる!)
あはは、と笑う兄に聞こえるように、わざと大きな溜め息をついた。
『…で、何かあったのか。』
――また、兄ちゃんに助けて欲しいことでも?
(……ああ、しまった。)
なんだかタイミングを逃したなあ。
顔を上げ、ぼんやりと町並みを見下ろす。
ビルと住宅で歪に縁取られた地平線に沈む夕日を見送った。
「なぁ、あにき」
『………ん、何。』
「おれ、兄貴がすきだ。」
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