一
どうしてか、分からないけど。
只其処に在ったから、
引き合っただけなんだろう。
『万有引力』
「っう、ァ……!」
「―――っ、
良守……力、抜いて。」
薄青い方形の内側に響く、淫らな水音。
心地よい、ぼんやりとした薄膜に包まれているような感覚に、良守は只何度も息を詰めるだけだった。
「や、だ……っも、やめろ……ッ」
「はは、んな事言われても―――、
もう…入ったし、」
見上げた兄の顔は、それこそ墨を零したような暗闇の中で、良く見えはしなかったけれども、
確かに、笑って居た。
(なんでこんな、ことに)
くらくらと歪む視界に、
『入ってきた』感覚に、
つんと痛む鼻の奥に。
支配された感覚全てに別れを告げて、良守はしずかに目を閉じた。
――――………‥・
いつだって始まりは、
突然の来訪。
「俺が、生家に帰っちゃいけない理由でもある訳。」
にやにやと本当に底意地の悪い笑みで、兄はいつものように、勝手な口実を述べた。
(分かっている、けど。)
兄の帰宅を拒むことも、
所作の一々に難癖を付けることも、
――肌を重ねることも。
(分かっている、のに。)
もう、何度繰り返したかも分からない。
(それが正しいのか、正しくないのか、為べきなのか、為べきでないのか、)
それらすべて、良守には、
どうしても答えが出せないものだった。
妖ですら寝静まるような、新月の夜。
一歩先も見えないくらいの闇の中、聞こえるのは互いの呼吸の音だけで。
「なあ、……あに、き。」
「―――どしたの?」
良守?
名前を呼んで、覗き込まれる。
(ああ、あの目だ。)
全てを見透かすような、それでも、何ひとつとして見せてはくれない、
――あの目、なのだ。
何時の間にか、惹かれていた。
――――……‥・
(あー、自業自得だ。)
ぱちり、目を開いて、兄の腰に足を絡めた。
暗闇にうっすらと浮かぶ兄の顔に、そっと手を伸ばす。
彼が厭うこの右手を、ふわり、頬へ添えてみる。
「……どうした?」
「――ねえ、どうしてだと思う。」
「何が?」
「お前が俺を、引っ張るんだ。」
「…『突いてる』、の間違いじゃない。」
「―――ころすぞ!」
ぎゅう、と下腹部に力を込める。
ふいに襲った甘美な責めに、正守は、う、と小さく呻いて眉を顰めた。
(良守こそ、兄を懲らしめるつもりでやった行いの所為で、より一層、彼の存在を感じてしまったのだけれど。)
「………良守、何考えてた。」
「…あにきの、ことだよ。」
「――うん。
……じゃあいいや。」
少しだけ、疑うようにきつくなった目線を感じ取ったけれど、答えが聞こえたのとほぼ同時に再びあの激しい波が良守を襲ったので、
もう、あとは兎に角ひたすら、
噛み付くように求めてやった。
眼を見てはいけない。
(惹かれてしまうから、)
手を出してはいけない。
(魅せてしまうから、)
触れたいなんて、
触れられたい、なんて。
(諸共に、潰れるだけなのに)
引き寄せたのか、
惹かれたのか、
それすらも。
「兄貴、俺を壊してよ。」
笑って言うしか、術を知らなかった。
(さながら、欲にまみれた化物か)
だけどまだ、
墜ちてなんかやらない。
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