05
ギルドの本拠地たるユニオン本部は流石というべきか広かった。
勿論、騎士団の敷地に比べれば小さいが、ダングレストという街を占める割合からすれば充分と言える大きさだ。どこで手に入れたのか(多分アレクセイに事前に渡されたのであろう)紹介状を介して門を通過。扉を潜り出迎えたのは貫禄ある仏像、そして溢れかえった人、人、人。
その人の波を器用に避けて移動してゆく少年の足に迷いはない。
「流石は天を射る矢…噂に違わず規模がデケェな」
「ホントねぇ。俺も実際来るのは初めてよ。…で、今日はどうすんの?」
姿勢はそのままに、レイヴンが彼の前を歩く少年に話し掛ける。
少年―――ユーリはチラリと視線を寄越しただけで、足はそのまま動き続け、奥へと進む。
「とりあえず、今日は何もしねぇ。下見だけだ」
「下見?」
「なぁ、そこのアンタ。ちょっと時間いいか?」
一通りの部屋を眺めてから、何人かにユーリが声をかける。声を掛けられた男たちは最初こそ訝しげな眼差しを送るものの、ユーリの『外向けの笑顔』と巧みな話術によって数分後にはユーリの頭や肩をバシバシと叩きながら機嫌よく話していた。幼いながら大した少年だ。
レイヴンは手持ち無沙汰にふらふらと視線をさ迷わせて用が終わるのを待つ。普通ならば大人であるレイヴンが聞いて回り、ユーリがついてくるはずだが、指示を直接聞いているのはユーリであるし、彼は自分で行動せずにはいられないタイプのようなので、この様な不思議な構図になっている。それを不思議に思ったのであろう人間が何人もこちらに視線を送ってきたが、レイヴンは敢えて気付かぬ振りをした。
暫くユーリの猫被り談義が繰り返されると、少年が宣言した通りドンに会うこともなく二人は本部をあとにした。
来た時と同じように門扉をくぐると橙と赤と夕空が広がっている。湿地帯にあるこのダングレストはいつも夕暮れのようで時間を読み難いのだが、確かに今は夕刻なのだろう。魔物の討伐などギルドの仕事を終えた人々が報告や互いに情報交換するため広場は騒然としていた。
そこを一通り眺め、さり気なく小耳をはさむ。
西の魔物が何やら騒がしい。ケーブ・モックに向かった奴らがなかなか帰ってこない。
『魂の鉄槌』が新作の武器を出した。
『幸福の市場』が安売りセール中。
…段々情報が主婦のおばちゃんたちのようになってきた。
「あ、ちょっと少年!」
もうここには用がないのか、広場から通じる隘路へと姿を消しそうとしているユーリを慌てて追いかける。今日世話になる宿屋へ向かうのだろう。
こっちでもシュヴァーンと離れすぎるなと上司に言われているらしいのだが…どうも自分から合わせる気はないらしい。薄暗い路を進みながら、ユーリがふっと小声で呟く。
「明日からは少しずつ動く。一応確認すっけど、俺たちが収集する情報は…」
「聖核と凛々の明星と満月の子についての3つ、でしょ?」
「…わかってりゃいい」
ここに来るまでに伝えられた数少ない指令内容を反芻する。
凛々の明星と満月の子とは、遥か古から伝承として言い伝えられてきた存在で、彼らは天と地に分かれこの世界を見守っている兄妹だという。しかし、これはただの伝承であって真実は定かでない。幼い頃親からよく聞かされた昔話のようなものだった。故にレイヴンは勿論、ただの空想の物語だと思っている。しかし、そんなものをあの団長が知りたがるとは、何かあるのだろうか。あの団長である。何の根拠もなく調べさせるということはないだろう。
「…で、情報掴むにはどっかのギルドに潜り込むか適当にギルドを立ち上げるのがいいんだろうが…」
再び朱い陽が視界に入る。再度表通りに出たようだ。
しかし、左折し、あと数歩歩けば宿屋というところで後方から激しい言い争いの声と悲鳴がした。
「ちょっと、アンタたち力業に出るわけ!?」
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