02-2 「昨夜は随分と手緩いことをしでかしたようだな…あれの手綱を緩めるな。もしもの時は指導係であるお前の責任だということは分かっているだろう」 「・・・申し訳、ございません」 ぐっ、と更に強い力で引かれ言葉が途切れる。 (やっぱり怒られたじゃねぇか・・・あのバカ隊長め) 顔には出さず、ユーリは内心で事の元凶であるシュヴァーンに毒づいた。これだから、下手な同情は身のためにならないと言ったのだ。 顎にかけられた手によって無理やり上を向かされ、息がし辛い。すっと細められた赤い双眸と視線が混じり合ったその瞬間に、ユーリの背筋を冷たい何かが走り去る感覚に陥った。 「それとも、そんなにも私に構って欲しいのかね?」 目の前の男は笑っているが、その雰囲気は結して義息子に向ける慈愛の籠もったものではない。 ヒュッと小さく息を飲むユーリを楽しそうに見つめてくるあたりこの義父はやはり意地が悪い。しかし、それでも・・・ (俺はこの人から離れられない・・・) 待っているのが酷い仕打ちでも。ユーリにはこの男から離れるという考えはなかった。いや、選択してはいけないのだ。 頭の端に花のように笑っていた少女の記憶がよぎり、その記憶が過ぎると思い浮かんだのは同室の男の苦しげな表情。 『そもそも少年はなんで・・・』 (・・・・・) なんであんたがそんな苦しそうな顔すんだよ。 そう思った昨夜のこと。 あの男は自分よりも年上の癖にどこか爪が甘い気がする。いや、今のこの状況を受け止めきれていないために心が揺らいでいるのか。 そうこう考えているうちに、義父である男の顔がさらに近づき吐息がかかった。 赤い瞳が獰猛な獣のように一瞬煌いたように見える。顎を掴んでいた片手が頬、肩、背筋を伝い尻を撫でる。 ユーリはその時を感じて静かに瞳を閉じた ・・・その時。 「団長、少々よろしいでしょうか」 コンコン、というノックと共に騎士団兵と思しき男の声が滑り込んできた。アレクセイは小さく眉をしかめると兵に声を掛け、席を立つ。 「・・・・・っ!!」 男の手がふっと離され、支えを失ったことで机にぶつかりそうになるがとっさに腕を突き出し顔面からの衝突は免れる。 自然とうつぶせの様な形となったユーリをアレクセイは横から見下ろすと、抑揚のない声を発した。 「いざとなったら多少の犠牲は厭わぬ。しかし、そうそう免れるとは思わぬことだ。今日の成果を楽しみにしているぞ」 ぱたん、と扉が閉まり、アレクセイが姿を消す。 ユーリはストンと床に座り込むと震える腕でストールを手繰り寄せ、ぎゅっと抱きしめた。 「・・・くそっ」 何に憤っているのかは・・・分からなかった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |