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07
ダングレストという街は活気が良く、ギルドの街と言われるだけあって自立自衛が基本だ。

何か問題があればユニオンが仲裁に入り事を治めるが、帝国の騎士団のようにきっちりとした言わば警察機関というわけではない。本当にいざという時の要であって基本的には各個人で出来る限り解決する。それがダングレストという街の特色であった。
また、ダングレストにおいて喧嘩や諍いと言ったものは珍しいことではなく、血気盛んな人間が多いため『静かで平穏』である方が珍しい。だからこそ、街の中に突如として響いた罵声もそこの住人たちからすれば『ああ、またか』という程度で何ら驚くことではなかった。しかし、それでもそこにいた多くの住人たちがその場に注目することとなったのは、その諍いを沈めた人物に起因した。

「お姉さん、大丈夫?」

女性に襲いかかった大男を伸して止めたのは、ガタイの良い男でも魔術師でもなく小柄な少年だった。
肩を隠すほど伸びた黒髪に漆黒の衣装。首もとに巻かれたストールのみが真紅色でそれがやけに目を惹いた。
少年は少しばかり伸した男を見やると、くるりと周囲を見渡し、再びカンフマンへと視線を戻す。
カンフマンはやっと強張りが解けた唇を動かして少年に尋ねた。

「坊やがやったの…?」
「まぁな、迷惑だったか?」

いいえ、有難う。
そう応えると「そうか」と一言、少年は淡々と答えた。
いつの間にか野次馬のようにこちらを凝視していた人々はなく、そこにはいつもと変わらぬ街の姿がある。カンフマンの後ろに控えていた、馬車の馬も落ち着いている。彼女は肩の力がふっと抜けたのを感じ、小さく息を吐いた。

「ホント助かったわ。何か御礼がしたいのだけど…」
「いや、大したことしてねぇし。…アンタ、商人なのか?」
「ええ、『幸福の市場』っていうの。聞いたことくらいあるでしょ?」
「まぁな。商売トラブルか」
「そういうこと。活気があるしギルドの街だからいい商売できるんだけど、こういう諍いも多くてね」

ちょっとそれが困りものってとこね、と彼女は苦笑を零した。
部下を支えながら立ち上がった彼女はなかなかの長身で、まだ幼い少年の方がやや低い位置に頭がくる。その腕は細く、顔つきも幼いためか、こうして改めてまじまじと見つめていると少女の様にも見えた。しかし、その雰囲気はふんわりと甘いものではなく、どこか研ぎ澄まされたものを感じる。

なかなか“面白い”子供だ。

「ねぇ、アナタの名前は?」
「…ユーリ」
「ユーリ君ね。私は『幸福の市場』の社長でカンフマンというの。ユーリ君、アナタさえよければ私に雇われてみない?」

にっこりと笑って誘いをかけるカンフマンはを少年はじっと見つめる。
その時、後方からボサボサと癖の強い黒髪を束ねた男が少年を呼んだ。
呼ばれた少年は視線だけ一瞬男に向けるが、そのまま何も言うこともなく此方に向き直ると、紫水晶のような瞳をスッと細めて薄く微笑んだ。


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あきゅろす。
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