おれとシモン十代目! 「おはようございます、十代目!」 きらきらと、その銀色の髪に反射する朝の日差しのように、にっこり笑って深々と挨拶をする彼、獄寺 隼人に、綱吉は、はは、と、乾いた笑いを浮かべた。 綱吉の隣には、相変わらずだね、なんて呑気に感想を呟く炎真がいる。 相変わらずというか、なんというか…そうですね、相変わらずです。なんて、言えるわけもなく、炎真の呟きにも、綱吉は、笑ってごまかした。 広く大きな吹き抜けの玄関ホール。 約六十階建ての、超巨大ビル。 それをシェアするわけでもなく、自社の建築物として所有する、世界のトップ企業の中でもとりわけ別格扱いの、ボンゴレカンパニー。 「すまないな、デーチモ。せっかく炎真と遊んでいたのに、突然呼んで」 そして、そのボンゴレカンパニーの、社長、を見事にすっ飛ばし、会長の座に座るジョットが、獄寺にも負けない、それはそれは、いい笑顔で、玄関ホールのど真ん中に立っていた。 傍には、獄寺の祖父のGが、すぱすぱと煙草を吹かして護衛代わりに立っている。 周りの一般従業員は、目を見開いて、滅多に現れない自分たちの上司を見ている。 そう、ただただ平凡な綱吉の、ちょっと変わった祖父は、世界有数企業、ボンゴレカンパニーの、トップ、だった。 デーチモ、と、あまり慣れないジョットからの呼びかけに、綱吉は居心地悪そうに、うん、と控えめに返事をする。 その隣の炎真は、やっぱり普段と同じような眠たそうな目で突っ立っていた。 そして、未来のボンゴレカンパニーの社長を支えるため、普段はGの傍でその仕事の見学および手伝いをしている獄寺が、たたっと走って、綱吉の元へやってくる。 その姿はまさしく忠犬、と呼ぶのにふさわしいものだった。 「えっと、獄寺くん、その…十代目っていうのは、ね?おれ、ボンゴレを継ぐつもりなんてこれっぽっちもないし…」 「いえ!十代目なら、きっと立派にこのボンゴレを継いでくれると、俺は信じてます!」 「話聞いてねー!!!」 うあああああ、と、頭を抱える綱吉の正面で、獄寺は、引き続き、それはそれはいい笑顔を浮かべた。 その二人の隣で、もはや恒例となっているそのやり取りを、炎真は、ぼんやりと見つめる。 それから、ジョットとGが傍に来たことに気がつくと、ぺこりと頭を下げた。 そんな炎真に、ジョットは、柔らかく瞳を細める。 「そういえば、炎真はこの間、正式にコザァートの跡を継いだらしいな」 「はい」 「デーチモ共々、これからもボンゴレをよろしく頼むぞ、シモン十代目」 こくん、と、頷く炎真に、今まで獄寺と騒いでいた綱吉は、ぱっと目を見開く。 それから、え、と、言葉を落とすと、ジョットと炎真の顔を見て、そして、いきおいよく炎真の両肩を掴んだ。 さすがに、炎真も驚いて、ぱちっと大きく瞳を瞬かせる。それから、ほんの少し、困惑したように、ツナ君?と、呼んだ。 「え、ええ、エンマくん、継いだの!?シモン十代目になったの!?候補、とか、次期、じゃなくて!?」 「う、うん」 「知らない!おれ、そんなの聞いてない!!!」 「僕も、言ってない、よ。知ってるのは、おじいちゃ…初代シモン、と、ジョットさ…、…プリーモ、だけ、だった、から」 ものすごい剣幕で聞いてくる綱吉に、炎真は少しビクつきながら、説明する。 時折、普段の呼び方が口から出てしまうのを、なんとか公の場での呼び方に訂正して、拙いけれども、綱吉に伝えようと。 世界有数の企業は、ボンゴレの他にもある。 たとえば、他にはミルフィオーレ、などなど。 その中に、シモンカンパニーという企業も、あった。 それは、世界のボンゴレと肩を並べる、いわゆるライバル会社。そして、兄弟会社、というやつだ。 そして、綱吉がボンゴレカンパニーの次期十代目後継ぎならば、炎真は、シモンの次期十代目後継ぎ、だった。そう、だった、のだ。 ボンゴレは、その力を多方面へと伸ばしている。だからこそ、後継ぎ、もしくは次期社長になるであろう人物だって、綱吉の他にも多数いた。 綱吉は、ただ単に、ジョットの直系の孫なだけ。 血筋で選ばれたにすぎないと、綱吉本人はそう思っている。 けれども、シモンカンパニーは違う。代々古里家の長男が継いできたのだ。 そうすると、おのずと、シモンカンパニーを継げるのは炎真だけになってくる。 そして、つい先日、祖父のコザァートから、炎真は、正式にその跡を継いだという印の、リングを、譲りうけた。 そう、それは、本当につい最近のことで、唐突なことだったから、綱吉に伝えられなかったのだ。 そもそも、このことはまだコザァートとジョットしか知らないことなのだから。 シモンを継いだと言っても、まだ公の場では何もしていない。身内だけでの、決定だ。 そう説明し終ったときには、綱吉は、ただただ、ぽかんとした顔で、炎真の前に、立っていた。 そんな綱吉に、炎真は、どうしようと慌てる。やっぱり、正式に継ぐ前に、綱吉にも相談した方がよかっただろうか。 どうしようどうしよう、と。 二人は、ジョットに、とりあえず場所を変えてみてはどうかと提案されるまで、ただただ、ぼんやりと突っ立っていた。 かちゃりと、カップをソーサーに置く音が、静かに静かに、部屋の中に響く。 ここは、ボンゴレ本社ビルの最上階、そう、ジョットの仕事部屋の奥にある、プライベートルームだ。 ジョットから借りたこの部屋で、綱吉と炎真の二人は、ただ無言で、出された紅茶を飲んでいた。 ジョットとGは、仕事に戻り、獄寺は綱吉からの今は炎真と二人になりたいという頼みで部屋を出ている。 (どうしよう、ツナ君、何にも喋ってくれない。やっぱり、僕が何にも言わなかったから、かな) あぁ、どうしよう、どうしようと、炎真は一人ぐるぐる考え込む。 その間も、炎真の正面で紅茶を飲む綱吉の眉間には、普段は滅多に見ない皺が、寄せられていた。 「…あの、ツナ、君」 「……、…あ、ごめん、ちょっと考え事してて…」 「ううん、平気。……あの、ご、めん、ね。僕、一人で決めて…ツナ君に、何にも言わなくて、」 しゅんとしながら、炎真は申し訳なさそうに綱吉に謝る。 すると、綱吉は、しばらくぽかんとした後に、それから、慌てたように椅子からがたんと立ち上がった。 その音に、炎真が、びくりと肩を震わせる。 「ち、違うよ!その、怒ってるとかじゃなくて、その…!」 「でも、ツナ君、さっきからずっと黙ってるし…」 そうやって、炎真がずっと気にしていたことを伝えると、綱吉は、あー、と気の抜けた声をだし、頭をかく。 ふわふわした髪が、さらにふわわん、と揺れた。 つい炎真がそれを視線で追っていると、綱吉は、ぽすん、と、椅子に座りなおす。 それから、言いづらそうに、炎真から視線を外した。 綱吉の視界に映るのは、茶色の液体、波打つ紅茶、だ。 (ツナ君が、目を合わせないなんて、珍しい、な) 普段は、その真っ直ぐな性格をそのまま表すかのように、相手の瞳を見て話す綱吉が、こうして故意的に視線を外すなんて、珍しいことだった。 炎真の不安が煽られる。 さらに、綱吉の、どこか寂しそうな、悲しそうな瞳にも、炎真の不安が、一気に大きくなった。 「なんか、エンマ君が、…エンマ、が、おれの知らないエンマに、なっちゃったんだな、って、思って」 なんだか、置いてかれたみたいだ。 ぽつりと、呟かれたその言葉に、今度は炎真が、大きくその目を見開いた。 炎真には、綱吉が何を言っているのかが、分からなかった。 どうしてそんなことを言うのだろう、そんな風に考えるのだろう。 炎真は、何一つ変わっていないのに。 ぽかん、として固まる炎真に、綱吉は、少しだけ困ったように、笑う。 「エンマならさ、いつか、絶対にシモンを継ぐとは思ってたんだ。エンマが家族のこととか、コザァートさんのことが大好きなのは、おれも知ってるし。…でも、まさか、こんなにいきなりだとは思わなくて、驚いた」 本当は、おめでとうって言わないといけないのに、ごめん。 そうやって、綱吉は言うと、それから、俯いて黙ってしまう。 あぁ、あぁ、ツナ君は、誤解している。 きっと、このままでは、彼は、僕から距離を置いてしまう。 置いていかれるのは、僕の方だ。 炎真は、そう考えると、がたりと音を立てて立ち上がる。それから、走るような勢いで、テーブルを周り、綱吉の傍へと近寄った。 普段はゆっくりと行動する炎真にしたら、まさしくありえない行動だ。 それを、誰よりも知っているはずの綱吉は、だから、ぱっと顔をあげて、目を見開く。 そして、綱吉の視界には、甘くない紅茶ではなくて、ただ炎真だけが、映った。 「僕は、ツナ君を置いてなんていかないよ、ずっと一緒にいたいよ、ツナ君は、僕がツナ君を置いていくと、思ってたの、ツナ君には僕がそんな風に見えて、たの?ずっとずっと前に、ツナ君が、僕の傍に居てくれるって、言った、の、に…!」 ゆるり、と、炎真の瞳が、揺れる。 普段は眠たそうな瞳に、炎真の気持ちが、そのままのせられる。 それから、炎真は、もっとその気持ちを伝えようと口を開いたけれども、うまく言葉にはできず、ただ、綱吉の手を、ぎゅう、と、握った。 「そんな風に思ってるなら、おめでとう、なんて、いらないっ!」 きっ、と、炎真は、綱吉を睨みつける。 でも、手は、握ったままだ。瞳も、ゆらゆらと、不安定に揺れたまま。 誰が見ても、綱吉にだって分かった。 こんなものは、ただの炎真の、強がりだと。 そう、炎真は、昔から、変なところで頑固だし、強がりなのだ。 それは、綱吉にも言えることだけれども、炎真の方が、それが強い。 綱吉は、最初から、そして今も、ボンゴレを継ごうなんて思ったこともないし、そもそも自分にできるはずがないと思っていた。 けれども、炎真は、違う。炎真だって、自分にできるはずがないと、言っていたけれども。 でも、綱吉は知っていた。 いつだって、炎真は、コザァートの背を、その視線で追っていたのだから。 それを、隣で見てきたのだ。 だから、炎真は、誰もいないところで努力もしていたし、そして一人で失敗も積み重ねてきた。それはただ、自分の家族を、炎真の手で守りたいと、思っていたからだ。 けれども、元々の炎真の性格は、そんなにしっかりしている、というわけではない。 だから、それも、強がりだと、いつも、綱吉やコザァートには、ばれていたのだ。 それは、今も、同じだ。 結局は、いくら炎真に肩書きが増えようと、炎真は、炎真なのだから。 「…ごめん、エンマ君。そうだよね、エンマ君の隣は、おれの指定席、だもんね」 「………ツナ君、自分でそう言ってたのに、忘れてるし。きっと僕だけなんだ、そういうのをずっと覚えてるのは」 「そ、そんなことないって!ほら、エンマ君、笑顔笑顔!」 ふっと、肩の力が急に抜けて、綱吉は、謝る。 それから、炎真は少しだけ黙って、そして、ゆっくりと、その赤い瞳を穏やかな夕焼けのような色に戻した。 でも、納得いかないものは、いかなくて、拗ねたように、そっぽを向いてしまう。 少しの間、仲直りのシルシというように、二人はそんなじゃれあいを、繰り返して。 そして、炎真は、ぽすりと、綱吉の肩に、顔をうずめた。 ぎゅう、と、握られた、手。 未だ握られた、手。 白くなるほどに握られた、炎真の手に、あぁ、やっぱり、エンマ君はエンマ君なんだ、と、綱吉は、ゆるりと息を零す。 それから、まるで炎真を安心させるように、その赤い髪を、そっと撫でた。 おれとシモン十代目! 君は君のままで。 [*前へ][次へ#] |