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紙一枚分の違いだなんて、とんでもない




「あー、もう、また負けたー…」
「レッドさん、相変わらず強いなぁ…。私、みんなのレベル、結構上げたつもりだったんだけどなぁ」
「そんなこと言ったら、こっちだってそうだよー…」



でもまた負けたあああ、なんて、目の前が真っ暗になったであろう後輩たちを、ちらりと見て、レッドは、ぱちぱちと燃える焚き木に視線を移した。

びゅうびゅうと、冷たい吹雪が止まないシロガネ山に、どれくら籠ったのか分からない、そんな毎日を、仲間とともに過ごしていたレッドの元に、ある日、ひょこりと現れた二人組。
ヒビキとコトネ。
自分よりも幼い二人は、レッドを見るなり、こんなところに人が!なんて騒いだ後に、噂のシロガネ山の亡霊!なんて失礼なことを言った後に、レッドが亡霊なんかではなくトレーナーだと分かると、それはもう楽しげにバトルを申し込んできた。
もちろん、トレーナーであるレッドが断るはずもなくて。
いつものように、その挑戦を受けた。
(そういえば、そのときのピカチュウは普段のバトルの三倍くらいの威力でボルテッカーを繰り出していたけれど)(きっと、ぼくが亡霊、なんて言われて怒ってたんだと思う)(もちろん、その時のバトルは僕が圧勝だった)

それからというものの、ヒビキとコトネは、何度目の前が真っ暗になるという経験をしても、こうして吹雪が止まないシロガネ山に登って、レッドに挑戦してくる。
そのたびに、少しずつ、でも確実に、レベルを上げてきているのだから、強いのだ。
そう、自分とは違う、自分にはない、強さだ、と、レッドは思う。
レッドは負けたことがないから。
だから、こうして、二人のように、負けても挫けないという強さを、持っていない。もしかしたら持ってるかもしれないけれども、それもまだ、推測の域を出ることはない。
だって、負けたことがないのだから。
この強さはきっと、レッドの強さではなくて。
彼の幼馴染で、ライバルの、彼の強さに、似ているのだろう(これを彼に知られたら、恋人だろ!と、訂正されるかもしれない)(でも、自分で言うのは、なんだかちょっと恥ずかしい、気がする)
そう、グリーンも、たとえ自分に何度負かされようとも、勝負を挑み続けてきた。
それに、似ているのだ。
だから、レッドも、ついつい毎回、挑戦者の二人に配慮なんてしないで、本気をだしてしまうのかも、しれない。
だから、こうして、ついつい、自分の居場所へ入るのを、許してしまったのかもしれない。

ぱち、と、鳴っては揺れる炎にあたりながら、自分の膝上ですやすやと眠るピカチュウを撫でて、レッドは、ぼんやりとそんなことを考えた。
その間にも、ヒビキとコトネは、どうやったらレッドに勝てるのだろうかと相談し合っている。

(…でも、その作戦、ぼくに聞こえる場所で話していいのかな)

黙ってはいるものの、ぼくもいるんだけどな、なんて考えたのも一瞬で、すぐにレッドの視線と思考は、また、ピカチュウへと戻る。
そして、ぼんやりと、グリーンへ。

そうえいば、もうすぐグリーンがくるころかな、とか、それともぼくがトキワに行ったら驚くかな、なんて考えた。
そこで、レッドは、ふ、と、思いついたように、ヒビキとコトネを見つめた。

「………、………」
「どうしたんですか、レッドさん?」
「コトネの顔に何かついてました?」
「……ヒビキくん、だからモテないんだよ」
「え?なんで?」

そしてまた二人で話し出す様子に、レッドは、ねぇ、と、声をかける。
二人に見つめられて、レッドは、小さく首を傾げながら、口を開いた。

「二人とも、グリーンとは戦った?」
「もちろん!」
「ほら、私たち、ちゃーんとグリーンバッチも、他のバッチも持ってますよ!」
「えっと、…そうじゃ、なくて」

にっこりと笑いかけて、見せてくる十六個のバッチ。
ジョウトと、カントーにあるジム全てを制覇した証だ。
そもそも、このシロガネ山に登るのだって、それなりに実力がある者でないと、この地にすら入れてもらえないのだ。
そのために、カントーのバッチを全て集めるのは、必要最低限のこと。
そうなれば、ジムリーダーを務めているグリーンとバトルをして、バッチをゲットしなくてはいけない。
この場に二人がいるというのならば、それは、グリーンとも勝った、という証拠なのだ。

「ジムリーダーのグリーン、じゃなくて、その…」
「ジムリーダーのグリーンさんじゃなくて?」

コトネが、レッドの言葉を繰り返す。その隣で、ヒビキも、レッドの言葉の続きを待っていた。
あぁ、こんなとき、グリーンがいてくれたら。
彼は、レッドが思ったことを、その瞳を見るだけでくみとってくれる。
だからこそ、そうして甘やかされてきたから、レッドは、こうして口べたになってしまったのかも、しれないけれども。
それでも、レッドは、ゆっくりと、自分の考えていることを、言葉にした。

「二人とも、ぼくが強いっていうけど、グリーンも、強い、よ?」
「あー…そうですよね、僕も、グリーンさんとのバトルは手こずりました」
「あの人、ジムリーダーなのに属性決まってないんだもん」

ねー、なんて顔を合わせる二人に、レッドは、そうじゃなくて、と、首をふるふると横に振る。
グリーンは、確かに強い。
だって、カントーで最後に構え立つジムのリーダーなのだから。
だって、レッドのライバルなのだから。

「たぶん、二人がバトルしたのは、グリーンの、本気、じゃない、から」
「「………は?」」
「だって、グリーンの本気は、ぼくでも、いつも、勝てるかどうか、わからない、し」

あぁ、そろそろ話すの疲れてきちゃったな、なんて思いながら、レッドは、グリーンとバトルしたときを思い出す。
グリーンは、レッドとバトルするときは、いつも本気だ。
もちろんレッドだって、本気だ。
だからこそ、普段、挑戦者が挑んできたときは、バトルをしても最初のピカチュウだけで勝ってしまうことが多々あるけれども、グリーンのときは、そうならない。
お互いに、最後の一匹まで追い詰められて、それで、結果、いつもレッドが勝つのだ。
確かに、グリーンは、レッドのパーティーメンバーについて、レッドの次に、よく知っているかもしれない。
けれども、こうしてレッドを追い詰められるのも、事実、グリーンだけだ。

「え、え…ええぇぇええ!?グリーンさんって、本当はもっと強いんですか!?どうしよう、ヒビキくん!!!」
「だ、だって、でも、グリーンさん、バッチ渡してくれたとき、あんなに悔しそうにしてたのに…!」
「……グリーン、負けず嫌いだから……」
「あの人、ジムリーダーだろ!」

この様子だと、二人はまだ、グリーンの本当の強さを、知らないらしい。
確かに、自分を強いからといって、慕ってくれるのは嬉しい。
けれども。

(グリーンだって、強いよ)(ぼくの、ライバル、だもん)

新たな真実に驚く二人の後輩に、レッドは、くすりと、どこか満足そうに笑って、ピカチュウの背を、もう一度、撫でる。
あぁ、なんだかまた、グリーンとバトルしたくなってきた。
そう、レッドは思うのと同時に、今はトキワの地でジムリーダーとして勤しんでいる彼を思い浮かべて、ポケギアを手に取る。
もちろん、コールした相手なんて、誰なんて聞かずとも、わかるだろう。

ヒビキとコトネは、まだ驚きに染まった瞳を、ぱちぱちと瞬かせて、お互いを見つめた。






紙一枚分の違いだなんて、とんでもない
これはただの惚気なんかではありませんよ!





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