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素晴らしき食物連鎖





もぐもぐもぐもぐ。
いつまでたっても、お腹が膨らまない。

もぐもぐもぐもぐ。
いつまでたっても、満たされない。

それでもぼくは、食べ続ける。


もぐもぐもぐもぐ。


あぁ、お腹減ったなあ、もぐもぐ。





世界は、飢えている。
たとえ、素晴らしい技術が進化しても。
たとえ、素晴らしいテクノロジーが進化しても。
世界は飢えているんだ。

あれ、技術とテクノロジーって一緒じゃない?
ううん、そんなこと、どうでもいいんだ。

淀みなく明日に向かう世界は、いつも澱んでる。

そんな澱みを食べて、世界を綺麗にするお仕事。
なんて簡単で、楽なお仕事!
ぼくらの世界では、誰もがやりたがる、素敵なお仕事だ。
だって、もぐもぐと、食べているだけでいいんだから。
ただ、ただ、食べているだけで、みんなから、お疲れ様、と言ってもらえる、簡単なお仕事。
けれども、食べているのは、結局はこの世界の澱みなわけで。
美味しいのかと言われれば、まずくはないと答えよう(というよりも、僕は、素晴らしき美食家ではないので気にしない)
そんなことよりも問題なのは。



(ヨドミっていくら食べてもお腹一杯にならない…)



くあぁ、と、大きな欠伸を一つ。
けぷ、と、喉を鳴らしながら、それでも満たされる胃袋に、癖のない黒髪を揺らしながら、レッドは、ため息をついた。


それとお揃いの黒のポンチョ。
アクセントに付けられた、襟もとの真っ赤なリボン。
眠たげでやる気のない目をした、レッドは、世界の誰もが羨む、素晴らしいお仕事を生業としている。

なにってそれは、誰もが知っている、ユメクイ、だ。

人間界に無限と蔓延る、黒いヨドミを、食べて食べて食べつくし、無知でか弱い人間さんたちを守ってあげる、簡単で楽しいお仕事だ。
自分がご飯を食べるだけで、人々から感謝されるなんて、なんてオイシイお仕事!
ただ問題は、肝心な人間さんたちが、彼らユメクイの姿を見れないことだけだ。

そんな、ユメクイのレッドは、まあるいお月さまの輝く夜に、人間さんたちの住む家の、屋根から屋根へと移り、そして、もくもくとわき出るヨドミを食べ続ける。
真っ黒なヨドミは、例えるなら、そう、真っ黒なわたあめだ。
ただし、甘くない。
甘くないわたあめに、わたあめとしての価値はまったくないだろうけれども、これはヨドミだからなんの問題もない。
とにかく、レッドは、今日もひたすら、ヨドミを食べ続ける。

もぐもぐ。
もぐもぐもぐもぐ。

今日のヨドミも、素晴らしく苦みが聞いていて、星三つぶんのまずさですね。
おっといけない、別に人間さんたちのことを悪く言っているわけではありませんよ。

そんなことをぼんやり考えながら、レッドは、また、真っ黒なヨドミを手にした。

ヨドミ、澱み、真っ黒に澱む、世界。
人々の、負の感情が、濃い紫の夜に広がるそれは、まるで大きな雨雲だ。
黒いわたあめ、たくさんになると、雨雲。
そのヨドミを覗けば、悲しみ、不安、嫉妬に怒り。素晴らしき感情のスパイス。
そのヨドミを除けば、喜び、希望、笑顔に歌声。素晴らしき感情のスパイス。

真っ黒になった負の感情は、悪夢として、人間に溜まる。
それをヨドミとして開放する人間さんの、要はお掃除係なユメクイのレッド。

もぐもぐ。
ひたすら夜空に浮かぶヨドミを食べるレッドは、けれども、そろそろ飽きてきてしまったのかもしれない。
この、真っ黒な悲しみの味に。
真っ黒わたあめ、悲しみの雨雲。
落ちる雨粒になる前に食べないと、ヨドミはまた、か弱き人間さんのカラダに溜まってしまうよ。


しばらくして、レッドは、ごそり、と、ポケットから、懐中時計を取りだした。
かちり、と、音を鳴らして、右に回る針が刺すのは、0時。
12時からぐるりと回って、小さくなった数字は、今はゼロ。
本日のオーダーは、これにておしまい。
すぅ、と消え始めたヨドミを確認して、レッドは、その目元をほころばせた。


「おなか、すいた」


さぁ、早くご飯を食べにいこう。
今まで食べてたって?さて、なんのこと?



「で、お前はだから何なんだよ!」
「………ユメクイの、……レッド。グリーン、おかわり」
「おう、卵は半熟か?」
「半熟とかたいの、両方がいい」
「はいはい、両方な………って、ちげーよ!!」


人間さんの世界でいう、深夜一時。
この辺りでは少し大きなお家の、ダイニングで、レッドは、もぐもぐと、食べていた。

きらきらと光る、それは、まるで宝石みたいだけれども、そんな彼らはすぐにレッドのお腹のなか。
ヨドミに比べれば、あぁ、なんて少ない量なんでしょう!

はぁ、と、大きなため息をつきながら、次の料理を出してくれる、無知でか弱い人間さんの、グリーン。
そんな彼から、次の皿をうけとると、レッドは、もぐもぐと、食べだした。

いつからか、レッドは、みんなが羨む素晴らしきお仕事が終わると、この、人間さんの家にお邪魔するようになった。
この広い家に、今は、姉と祖父と暮らしているという、グリーン。
見た目は、レッドと同じくらいだ。見た目は。
実際、レッドの年齢は、3ケタを超えたところで数えるのが面倒になって、考えないことになったので、本人すらも知らない。

とにかく、なんでかわからないけれども、レッドのことが分かるグリーンは、さらになんでかわからないけれども、レッドに彼の手料理をふるまうことができた。
人間さんたちの食べ物は、レッドには食べられない。
そもそも、レッドは、人間さんの食べ物に興味のかけらもなかったので、問題ではなかったのだが。

とにかく、ヨドミを食べても食べても、満たされず、あぁ、お腹がすいた、お腹すいた、と嘆いていたら、彼があらわれ、なんの奇跡か知らないが、その手料理をふるまってくれたのだ。
なんだか途中で、いろいろあったような気がするけれども、レッドとしては、グリーンのおいしいご飯が食べられるという結果が大事なのであって、そこにいたるまでの過程はそんなに気にするべきポイントではない。

「なぁ、お前って、本当になんなの?俺以外に見えてないみたいだし…」
「…ユメクイの、レッドだよ。……それ、とって」
「いや、それはもう何回も聞いたから。…ほら、こっち、ついてる」

すっと、グリーンの手が伸びてきて、なんだろうと思っていると、頬についていた、卵のかけらをとられる。
あぁ、もったいない。
グリーンの料理は、たくさんたくさん、食べてきたものの中でも、一番おいしいのだから。
だから。

「…ん」
「っ、なに、してるんだ、お前!食うな!!」

ぱくりと、その親指ごと口に含んでしまうと、怒られた。
意味がわからない。
ことりと、首をかしげると、グリーンは、その顔を手で覆って、大きなため息をついた。
グリーンはかっこいい。そのかっこいい顔が、ほんのりと赤くなって、イチゴのようだ。

「…無意識か、無意識なのか…!」
「グリーンもおいしそうだよね」
「これも無意識なのか!たちが悪いな、ユメクイ!!!」

うわああああ、と言って、しゃがみこんでしまったグリーンに、レッドは、どうしたのだろうと思いながら、その手を再び動かして、おいしいおいしいご飯を食べる。
変なグリーン、あぁ、でもいつものことか。
もぐもぐおいしいご飯を食べながら、レッドは、グリーンを見る。

なにやら、頭をかかえてぶつぶつ言っているグリーンを視界に、レッドはやっぱり、こう思った。


「グリーン、すき」
「…は!?」
「ごはん、おいしい、から」
「ですよねー」



君の作るごはんは、きらきら輝いて見えるよ。


もぐもぐもぐもぐ。
いつまでたっても、満たされない


もぐもぐもぐもぐ。
本当はもう、お腹がいっぱいだけれども。


君のごはんは、ずっとずっと、食べていたいの。


もぐもぐ。






素晴らしき食物連鎖
ねぇねぇ、満たして僕を。







image from ユメクイ by Oster project

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