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転がるランチボックス





ちゃら、と、揺れるキーホルダー。
通学用の学生バッグにつけられたそれは、レッドのイニシャル、Rと、それから、可愛らしいキャラクターとか一緒に揺れる。
黄色くて、まん丸の赤いほっぺた、じくざくの大きなしっぽ。
レッドの、最近のお気に入りのキャラクター、ピカチュウ、だ。
他にもさまざまなキャラクターがいるけれども、レッドは、このピカチュウが一番愛らしいしと思っている。
事実、このシリーズの中でも特に人気が高いキャラクターらしくて、何か商品化されると、必ずと言っていいほど、その中にはピカチュウのものもあるほどだ。

先日発売されたこのキーホルダーも、そう。

ちゃらりと音を鳴らすそれをつけながら、レッドは、今日も機嫌よく学校へと、向かった。




「レッド!今日は遅刻しなかったな」
「…ぼくだって一人で起きれるよ」
「って言って、毎日遅刻ぎりぎりなのは誰だ」



がらりと扉をあけたそこ、教室には、すでに幼馴染にグリーンがいた。
家がお隣同士で、母親たちの仲も良く、幼稚園から小学校、中学校、そして高校まで一緒の仲。
さすがに、毎年同じクラス、なんてことはないけれども、それでも今までずっと、一緒に行動してきた仲、だ。
それから。
中学生のときに気がついたけれども、たぶん、レッドの、すきな、ひと。
恋、なんてしたことないし、相手がグリーンだから、よくわからないけれども、中学三年生の時の受験時に、なんとなく、そう気がついた。
なんとなく、だけれども。
だから、レッドは、いまだ、この昔からの幼馴染、という枠を抜け出さないでいる。
だって、この関係が壊れてしまうのは、怖いし、それになにより、相手はグリーンだ。
顔もいいし、面倒見だっていい。終いには頭も良くて、将来有望。
そんな彼がもてないわけが、ない。
そもそも、自分が男の時点で、希望がない。
それなら、恋人にはなれなくても、親友で幼馴染という、ある意味での一番を確立していた方がいいのではないか、というのが、レッドの考えが行きついたものだった。

バッグを机の上に起き、そのまま椅子に座ると、レッドはくるりと後ろを向く。
この間の席替えで、見事に引き当てたのはグリーンの目の前の席、だった。
どうせなら、後ろの席の方がグリーンを授業中に見れるのにな、なんて思ったけれども、離れるよりはずっといいかと思っている。
そしてレッドは、そのままグリーンの机に顔を伏せて、目を閉じた。

「おい、もうすぐチャイム鳴るんだから寝るなよ」
「…起きるから、平気」
「それで昨日は爆睡しただろ!」

起きろ!と、髪をわしゃわしゃと撫でられる。
あぁ、髪がぼさぼさになるな、なんて思うけれども、こうやってかまってくれるのは、嬉しい。
その感情を隠さずに、レッドがくすくすと小さく笑うと、グリーンは、お前なぁ、なんて大きくため息をついた。

そう、こうやってかまってもらえる、そんな小さなことが、レッドにとっては大きなことなのだ。
心のどこかが、ふんわりと、暖かくなる。

グリーンは、委員会に入っていて、それの仕事で朝が早い。
それに比べて、レッドは、委員会どころか部活にも入っていないので、時間ぎりぎりまで寝ているのだ。
確かに、昔は一緒に学校に向かっていたけれども、今では個人で学校に行く。
幼馴染といえど、そんなものだ。
そもそも、男同士だしな、なんて思うと、ほんの少し、レッドの眉が下がった。
それにグリーンは、気がついて、レッド?なんていうけれど、レッドは素知らぬ顔で、また寝ようとする。
グリーンの、二度目の大きなため息を聞いて、レッドは、ぼんやりと、幸せ逃げた、なんて思った。




ふわああ、と、大きなあくびが一つ。
がやがやと、みんなの声が響く教室。
眠たげな瞳を、ごしごしと擦ると、ぽん、と、頭を撫でられる。
視界の先には、グリーン。

「じゃあ俺、今日は委員会だから」
「ん」
「寄り道すんなよ、レッドくん」
「……お母さんみたい」

お前、ぼんやりしてるからな、なんて一言を落としてから、グリーンは自分のバッグを持って教室を出ていった。
時間は、三時半。
ぼんやりとしている間に、今日の授業も終わりだ。
いつの間にか、放課後に。
寝ぼけている間に学校が終わるって、すごいな、なんてレッドは一人思う。
本日記憶にあるものは、朝のグリーンの会話と、昼休みのグリーンとの昼食ぐらいだ。
見事にグリーンだらけ。
さすがに、そんな自分に、レッドは、眉間にしわを寄せた。
それも、他の人には気がつかれないほどの、微かなものだけれども。
でも、きっと、もしこの場にグリーンがいたのなら、レッド?と顔をのぞきこまれたのだろう。

ピカチュウのキーホルダーがついたバッグを持って、ゆったりと歩く。
教室を出て、廊下を歩いて、学校を出て。
駅前まで行ってから、レッドは、普段とは違う路線を使うことにした。
頭に、さっきのグリーンとの会話を思い出したからだ。
寄り道するなと言われると、したくなる。
だからこれは、グリーンのせい。
そう勝手に決め付けて、レッドは電車に揺られる。
さすがに高校生ともなれば、学校帰りにふらりとどこかに立ち寄ることなんて当たり前だけれども、そういうときはほぼ必ずと言っていいほど、レッドの隣にはグリーンがいた。
だから、一人でふらつくなんて、家の近くのコンビニに行くくらいだ。

そして、レッドは、ゆっくりと歩きながら、最近のお気に入りであるピカチュウの関連グッツが売られている店へと入った。
その名も、ポケモンセンター。
ピカチュウを初めとするポケモンは、元々はゲームのキャラクターで、そのゲームの中にある施設の一つがポケモンセンターという名前なのだ。
中に入ると、溢れんばかりのポケモングッツと、ゲーム中で使われた音楽。
その中を、レッドはふらふらと歩く。
ときおり、ピカチュウのぬいぐるみを手にしたり、文房具を手に取ったりしながら。
そんなことをしていると、レッドは、ランチセットの売り場に、ふと視線を留まらせた。

「モンターボール…!」

そこには、ポケモンたちの可愛らしい絵柄のついたお弁当箱がずらりと並んでいて。
その中に、一つ、まんまるの、とてもお弁当箱とは見えないものが置いてあった。
まんまるのそれは、下が白くて、上が赤。
ゲームの中で、ポケモンを掴まえるときに使う、モンスターボールの形を、していた。

それを手にとって、レッドは考える。
欲しい。
すごく、欲しい。
だが、レッドのお昼ごはんは主にコンビニで買ったパンやおにぎりだ。
最初は母親がお弁当を作ってくれていたのだが、見た目はほっそりとしているわりにたくさん食べるレッドに、足りないのなら自分で買いなさいと言ったのだ。
だから、おそらくこれを買っても母はお弁当を作ってくれない。
そして、残念ながら、レッドの料理の腕前も、よろしくは、なかった。

そんなときに、ふと、グリーンの顔が頭に浮かぶ。
そう、レッドの思い人のグリーンは、顔もいいし、面倒見だっていい。終いには頭も良くて、将来有望。
さらにさらに、料理の腕前も、いい!
そうだこれだ、と、レッドの瞳がきらきらと輝く。
グリーンは、レッドが今、ポケモンにはまっていることを知っている。
そして、普段からコンビニ食なレッドの昼食をあまり良くないことも、レッドは知っていた。

そう、だから、これを言い訳に、グリーンにこのお弁当箱を使って、昼ごはんを作ってもらおう!

今きっと、レッドのまわりには、花が咲いている。
それくら、彼はご機嫌だった。
それでも、周りにはただぼんやりしているようにしか見えないだろうけれども。
グリーンが見たら、逆に心配するくらいには、ご機嫌だった。
だって、そうすれば、この可愛いお弁当箱も買えるし、なにより、これからグリーンの手作り料理を食べられるのだから。
好きな人の料理、食べたいに決まっている。

レッドの頭の中には、もうそれしかなくて。
グリーンに断られる、なんて選択肢は、最初からなかった。
だって、グリーンは、レッドに甘い。砂糖菓子のように、甘い。
だから、お弁当だって作ってくれる。

くすり、と、笑って、レッドは、そのお弁当箱を持って、レジへと向かった。



あぁ、明日からの昼食が、楽しみだ。





転がるランチボックス
いただきます!

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