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ファイン・ファイト・フェイント

普段は人家のない、家。
緑広がるマサラの地に建つそんな小さな家に、ぽつりと小さな明かりが、今日は灯されていた。
誰もいない家。
そんな寂しい家も、家主が戻れば暖かな光を取り戻す。


「うーん…どうしよう、なんて言おうかな…」


はぁ、と大きなため息をついてベッドに沈み込む。
ぴょこんと元気に跳ねる特徴的な前髪を持つ少年、レッドは、普段はにこやかな笑みを浮かべるその顔に、今は、眉を寄せて渋い色を浮かべる。
うーん、うーん、と上がる声に、そんな彼の姿を見た彼の仲間たちは、また始まったと目配せる。

ころりと転がるベッド、ふわふわの布団。
普段は修行と称して、シロガネ山にいるレッドは、その感触と暖かさに、少しずつ、少しずつ、まどろみ始める。
元から、考えるのはあまり得意ではないのだから、しょうがない。
そう、いつもなら、考えが頭に浮かぶと同時に行動を起こすような性格なのだ。
それなのに、そうともせずに、こうしてベッドでもんもんと考え込むあたり、それはきっと、レッドにとっては、大きなことなのだろう。

「ピ!」
「ぴかぁー、どうすればいいかなー。」
「ピカッ、ピ…ピカ、チュ!」
「うー…あー…」

ひょいと、ベッドから伸ばされて手は、レッドの仲間の中では一番小さな、ピカチュウに延ばされる。
ピカと、可愛らしい愛称と、愛らしい見た目の相棒を抱き上げて、その暖かでふわふわとした腹部に顔をうずめて、相変わらずレッドは唸る。
たとえそのピカが、仲間内の中でも、そう、信頼を十分に築き上げた今でも、その生意気な性格が基本的には変わっていないにも関わらず、だ。
その小さなピカが、自分の意思とは別に、ぐりぐりとレッドの頭を押し付けられて、ぱちぱちと、その赤くて可愛らしい電気袋をならしたところで、レッドは、ピカを離した。

「なんだよ、ちょっとくらいいいだろ?」
「ピカ!」
「あはは、悪かったって!」

小さな手で、ぺちんと頬を叩かれると、レッドは、からからと笑う。
そんな姿に、内心、ピカを含めて仲間たちがほっとしたなんて気がつかず。

「でもさ、さすがにおれだって悩んでるんだ、ちょっとくらい相談にのってくれたっていいだろ?」

すぐに困ったような笑みに変わる姿に、ピカは、その長く大きなしっぽを揺らす。
そして、ぷい、と、顔をそむけた。ちらりとレッドを見る目は、どこか冷たい。

「そんな目で見るなよー。……いや、いつまでも悩んでるおれも、悪いけど…」
「ピカチュ!」
「ええええ…いやでも、さすがにそれは…」

再び、ピカに頬を叩かれて、レッドは、いた!と声をあげる。
ぴりりと電撃をついでに流されて、がっくりとレッドは肩を落とした。

そして、枕元に置かれたポケギアを、ちらりと見る。

「だってさ!あんなにあからさまに態度にしてるのに、まったく気付かないんだぜ、グリーンのやつ!好きだって言っても、あぁ、俺もだ、なんて…あの鈍感!!」

はあああぁ、と、一際大きなため息をついた後に、どこか頬を赤くしたレッドは、ピカを抱いていた手を自分の頭に回し、がしがしとその黒髪を交ぜた。

そう、レッドは、その年頃の少年らしく、恋、を、していた。
今まで、レッドの世界には、ポケモンと、バトルと、仲間と、旅と、思い出と。
まさしく青空から生まれたような、世界。
そこに、ぽつんと、小さな花が咲くような、そんな、小さな、恋。

相手は、ライバルで、親友の、グリーンだった。
始めは、気がつかなかった。けれども、無意識に、彼はレッドの中で特別になり。
気がついた後は、恥ずかしさと、それから後ろめたさ。
男が、なぜよりにもよって男に。それも、親友で、ライバル。
失うものはあっても、得るものはなにもない、そんな結果が見えている、恋。

と、思っていた時期も、あった。
事実、レッドはそう考え、暗いくらい水の底に沈んだような気持ちに、何度もなった。
けれども、そんなレッドを、水底からすくいだしたのも、彼の親友だった。
グリーンではなく、そう、もう一人の親友、ブルー。

私がいるのにどうしてグリーンなのかが分からない!

なんて言いながら、そんな風に悩むのがレッドなの?違うでしょ、結果なんて気にしないで、好きに動くのがあんたでしょうが!とレッドの目を覚ました。
どうして彼女がレッドの気持ちを知っていたのかなんて、レッドには知るすべもない。
けれど、頭のいい彼女のことだから、きっと、前から知っていたのだろう。
もちろん、いつの間にか相談する形になったレッドは、ブルーにたくさんのケーキをあとから要求されたが、あの沈んだ気持ちを治してくれた彼女に対するお礼としては、安いものだ、と、思いたい。

とにかく、それから、レッドは、グリーンに、自分の気持ちを伝えようと奮闘してきた。

一番最初に、好きだ!と、告白して(おれもだ、と、めったに見ない柔らかい笑顔をもらった)(嬉しかったが、絶対に分かってない)
なるべく一緒にいるようにして(忙しそうで会話もできる雰囲気じゃなかった)(そしてベッドで爆睡してしまって、タオルケットをかけてもらった)
得意の料理やお菓子を渡して(これじゃあ結婚したらお前が主夫になった方がいいかもなと言われた)(笑顔がひきつったのは許してほしい)

結果、惨敗した。

ここまでくると、男同士だから、とか、今までの関係が、とか、そういう問題ではなくなってくる。
もはや、レッドの中では、この気持ちが恋愛感情からなんだと、グリーンに理解させる、というのが最終目標になっていた。
そう、これは、勝負なのだ。バトルなのだ。戦う者としての、譲れないバトルである。

どこか論点がずれてしまっているのも、気にならないくらい、レッドは、今までにない程に追い詰められていた。

「とにかく、だ!悩んでてもしょうがないから、明日もグリーンのところに行こうかな。」
「ピッカ!」
「そうだよな、とにかく、あの鈍感に気付かせないと!話はそれからだ!グリーンに絶対、勝つ!!」

にっこりと、普段の、太陽のような笑みを、レッドは浮かべると、ぴょん、と、ベッドから飛び降りた。
そして、小さな相棒に振り向く。

「というわけで、グリーンへのお土産作り、手伝ってくれよ、ピカ!」
「ピカチュッ!」


かくして、少年の戦いは、明日も続く。




ファイン・ファイト・フェイント!
(果てして鈍いのは、誰なのだろうか)





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