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ナイトオブゼロ8


円卓の騎士に与えられた、自室。プライベートルーム。
自分の心を表すように、誰にも触れられないように、しっかりとロックをして、ルルーシュは、机に向かっていた。
その机の上には、普段は、たくさんの書類が置かれている。
ラウンズに選ばれる者は大抵の場合、ナイトメアフレームの操縦が得意な人物が抜粋されるのがほとんどだ。
それにも関わらず、ルルーシュ自身にはまったくもってナイトメアフレームの操縦テクニックがなかった。
自分でも、どうやってこの地位にたどり着けたのかがわからないくらいに、ない。
これはもう才能がかけらもないのだと、自分自身で納得してしまうほど、操縦に関する成績は悪かった。
しかし、そのかわり、ルルーシュには、類まれなる頭脳があった。
他人が絶望的だと評した戦場でさえ、最小限の動きで、自軍へと勝利を収めることができる。
その戦闘の指揮を、とることができる。
それが、ルルーシュがこうしてこの地位にいられる、理由だ。
だからこそ、ルルーシュのデスクワークは他のラウンズよりも多い。

しかし。

今、ルルーシュは、机に向かい、そこまでは普段どおりだったけれども、そこからが違う。
戦闘に出ることもなく、白くて細く頼りない手に、携帯電話が、ぽつん、と握られていた。
そして、眉を寄せて、それをルルーシュは見つめる。

見つめて。
見つめて。
見つめて三分経過。
ルルーシュは、はあぁ、と、大きなため息をついた。

「…アドレスを登録されても…メールしてやれって言われても…メールすることなんて何もない」

重要書類だと渡されたそれよりも、勝つことは不可能だと言われる戦場にかりだされた時よりも、何倍も難しい問題に、ルルーシュは頭を抱えていた。
そもそも、ルルーシュは、自分用の携帯電話を渡されてから、あまり使うことはなかった。
使うときでも、それは緊急の連絡だったり、ともかく、相手からかかってきたものに出るだけで、要するに、ルルーシュは、自分から誰からに連絡するということを、したことがなかった。
まだ、仕事についての連絡ならよかったかもしれない。
けれども、アーニャは、そういうことを期待して登録したのではないのだ。
それくらいはルルーシュにも分かる。
きっと、たわいもない話、会話、それを、期待したのだ。

けれど、けれども。

だからと言って、何をメールしろと。
アーニャも同じラウンズで、そしてルルーシュもラウンズ。
そして彼女も自分も、今、同じ本国にいる。
ということは、別にメールなんてしなくても、ラウンジにさえいけば、会えるのだ。
だいたい、メールなんてするよりも、会える距離にいるならば実際に会って、会話したほうが何倍も早いし、直接的な感情も伝えられる。
アーニャもルルーシュも、その顔に出る感情は人よりも乏しいとしても、微かな違いくらいあるはず、だ。たぶん。

そこまで考えて、ルルーシュは、携帯電話を一度、机の上に戻した。

「まぁ、送るも送らないもおれの自由だしな」

なんとなく、これも、逃げの種類に入るのだろうか、と、思いつつ、始めから自分は、誰かと交友関係に至るのは嫌だと言っていたはずだ、と、自分に言い聞かせた。
そう、誰かと触れ合うのは、嫌なのだ。
それなのに、なぜかアーニャとジノは、あの二人は、自分に必要以上にかまう。
なぜなのだろう。
そして、嫌なのに、それなのに、そんな二人を気にしてしまう自分。
実際、今もこうして、アーニャに対してどんなメールを送ろうか、律儀に考えてしまっている。
記憶がないとはいえ、自分の性格を少し疑った。

と、そこまで考えて、コンコン、と、ドアがノックされる。

ノックがきちんとされる、ということは、ジノではない。
ジノはノックなどせずにロックのかかった自動のドアを無理やり手動で開ける。うるさい上にドアが壊されるから迷惑以外の何者でもない。
アーニャは、せっかくかけているロックを無言で解除して無言で部屋に入り、無言で真後ろに立つ。正直何度も驚かせられた。
ちなみに二人の時は、アーニャがロックを外し、なおかつ、ジノが手動で勢いよくドアを開けていた。
だから、ノックをする、ということは、この二人ではないということ。

その事実にルルーシュは、どこかほっとし、でも心の中ではなぜか残念に思いながら、ドアに向かった。

(……ちょっとまて、残念ってなんだ)

誰もいないけれど、少しだけ、むっと眉を寄せる。
けれども、それもすぐに直してドアを開ける。
大方、書類を持っていくように頼まれた一般兵だろう。
だって、あの二人以外、こうして訪れる者なんて、書類を渡しにきた、もしくは回収しにきた者しかいなかったのだから。

だから、ルルーシュは、ドアを開けて、あまり表情を変えない瞳に、色をのせた。
扉の前に立っていた、ヒト。
自分と同じ、白いラウンズの衣装。
青空よりも濃い色の、マント。
くるくるとした、茶色の髪。
そして、吸い込まれるような、翡翠の、瞳。

「くる、るぎ、きょう」
「……」

ドアの前に立っていたのは、同じラウンズの枢木スザク、だった。
けれども、なぜ、彼はここにいるのだろう。
いつもは遠くから向けられる厳しい視線が、今は、真正面から向けられている。
彼は、いつも、厳しい顔をしていた。
けれども、例えば、ラウンジにいるときや、可愛がっているという愛猫の前では、少しだけその表情も、綻ぶ。
それはたまたま見たもので、そして、自分が、なによりも厳しい視線で見られている、と、気がついたのも、彼の、そのほんの少し緩む表情を目にしたときからだ。
なぜ、自分は彼にそんな目で見られるのか。
それは知らない。別に、知ったからといって、どうする、ということも、ない。
けれども、ルルーシュは、その事実を知ったとき、やっぱり、と、思う気持ちと、悲しい、と、思う気持ちが、胸に広がった。
なぜ、やっぱり、で、けれども悲しいのか。
自分のことなのに、やはり、ルルーシュは、記憶がなくて、わからなかった。

「……何か用か」
「これ」

無表情のヒトが、二人。
ルルーシュがこうして、スザクと二人きりで、ちゃんと向き合うのは初めてだった。
けれども、彼は、あまり自分のことをよく思っていないらしい。
会話したことも、ないのに。
ならば、普段の行いが彼の気に障らなかったのか、あるいは、記憶がなくなる以前に、何かあったのか、その、どちらかだった。

そして、ぽつりと問うたルルーシュに、スザクもぽつりと、一言だけ返す。
彼の手には、ぺらりと、一枚だけ、紙が握られていた。

「……?」
「書類。君に必要な物」

単語で言われる内容。
あぁ、彼は、自分のために、わざわざこの書類を届けてくれたのだろうか。
たぶん、誰かに頼まれたのだろう。
そうでなければ、彼がわざわざここにまでくる必要がない。
だって、こんなに、嫌そうに、してる。自分といることに。
そのことに、ちくん、と、何かが刺さったような気がしたけれども、ルルーシュはそれを無視して、手をだして、一枚の書類を受け取った。

「わざわざすまないな」
「別に。頼まれただけだから。それにこんな紙一枚に誰かを使うのも…好きじゃないんだ」

それだけ言うと、スザクは、踵を返して、去っていく。
と、ルルーシュはなぜか、手を伸ばして、その青いマントを、掴んだ。

「……何?」
「え、あ……いや、その…」
「用がないなら離してくれない?」

くん、と、引っ張られ、足を止め、どこか迷惑そうな顔をして振り向いた、彼。
そんな顔を見て、そしてこんな行動をした自分に、ルルーシュは、ぐるぐると頭の中を回した。

(なんで!こんなこと、おれ、どうして、)

でも。
なぜか。
もう少しだけ、話したいと、思ったのだ。
誰とも関わりたくないと、思っているのに。
でも、この手が伸ばして捕まえたのはきっと、本能。
理性が、ヒトとの関係を拒むなら、誰かを望むのは、本能、なのだ。
けれども、何か話すこともなく、ただ焦っていると、はぁ、と、ため息が前から聞こえた。
どうしよう。
何か話さなければ。

「…っ、実は、…アールストレイム卿に、メールを、送らないといけないんだかが、…なんて送ればいいのか、分からなく、て、」

焦って、考えて、そして口に出たのは、その言葉だけ、だった。
よりにもよってこの話題。
ルルーシュがアーニャにどんなメールを送ろうが、彼には関係のないことだ。
どうしてもっと気の利いた話題をだせないのか。
例えば、次の戦闘のこととか、とにかく、ルルーシュは、言ってから、そんな自分に苛立ち、そして、諦めたように、ゆっくりと握ったマントから手を離して、小さく、すまない、と、謝った。
それは一体、何に対しての謝罪だったのか。
引き止めたことか、つまらない話題をふったことか、それとも、何か、別の、

「……アーニャに?」

けれども、以外にも返ってきたのは、切り捨てられる言葉ではなく、確認の、言葉。
それにルルーシュは驚きながら、こくん、と、小さく頷く。

「…別に、なんでも喜ぶんじゃないの。あぁ、でも、送ったメールは確実にジノには読まれると思うけど」
「そう、なのか?」
「断言はできない」

以外にも、ちゃんとした言葉が返ってきたことに、ルルーシュは驚きながら、びくびくと、相槌を打つ。
そういえば、彼がなぜ自分を責めた視線で見るのかは知らないが、自分も、なぜ彼をこんなに恐れるのかが、わからない。
恐れるのに、こうして求めるのかが、余計に、分からない。

「別に君が彼女にどんなメールを送ろうが、僕には関係ないけど」
「…、…」
「彼女、明日から遠征、だって」

それじゃあ。

それだけ言うと、今度こそ、彼は、マントの翻して、去っていった。
けれど、ルルーシュは、その後ろ姿を、きょとん、と、見続ける。

そして、ふるりと、頭を振ると、急いで部屋の中に戻った。

そうだ、そんなわけない。
きっとこれは、なにかの間違い。
だって。
だって。



「嬉しかった、とか、そんなわけ…ない」



とりあえず、メール内容は、決まった。



書きかけの保存メール
あんな優しい眼差し、されるはずが、ない。





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