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皮肉の笑い声



がらがらと、崩れ落ちていく気が、した。



例えば、人を完全に信頼し、信用するなんてことはとても難しいことであって、ある境界線さえ越えてしまえばひどく簡単なことは知っていた。
そしてそれが、自分を構成することも、逆に首を締め付けることも、知っていた。
それでも望んでしまったものはしょうがない。いまさら過去を振り返ったって、しょうがない。

例えば、自分の守りたいものと、世界が、かならずしも一致するなんてわけはなく、ある境界線さえ越えてしまえばどこまでもそれは同一なことは知っていた。
それを守ることが、本当に、相手の利に適うと信じることが自分を守ることにつながるということも、知っていた。
ただ、それが受け入れてもらえなかったと悲観する必要はどこにもない。守れれば、それでいいのだから。


それが自分を構成し、守っていくもの。
真っ白なキャンパスに描く絵は、柔らかな光を反射し、淡い色をともす。

けれども、そもそもの根源として、自分がいなくては、存在しなくては、描き手がいなくては、その絵でさえも、存在できない。

そのときは、時間にしてみれば、ひどくあっけないものだった。
人が言葉を紡ぐのに、時間はそうはかからない。
ただ、その時がやけにゆっくりと感じたのは、きっと、自分が、ひどく傷ついた、から、なのだろう。
自分が死んでいるのは、誰よりもわかっていた。
それが比喩でもなく、魔女と契約を交わし、本当にそうなってしまったのだから、今は笑い話にしかならない。
でも。
だからこそ。
生きたかった。
生きていると、父に、世界に、自分自身に叫んできた。
妹の瞳に光が宿り、広がる緑の野原を駆ける姿。
友も、己と戦う者たちも、本当は嫌いではなかった兄弟も、一人の世界を生きる魔女も、はにかむような笑顔を浮かべ。
そこには、できれば、できれば、自分と――――。
それは、いつか、自分と同じ瞳を持つ彼が言った世界と、ひどく似ている気がした。
本人に言わせればきっと、まったくもって似ていないと否定される気もしたけれども。

がらがらと、崩れ落ちていく気が、した。


魔女と契約して、気がつくと、なぜか自分がもう一人いるような錯覚に陥るようになった。
昼と夜の、二重生活。
ルルーシュと、ゼロの二重生活。
さすがに疲れがたまってきたのかと思ったが、それが生活に支障をもたらすようなものでもなかったので、放って置いた。
よく自分を蔑ろにしすぎだ、と言われるけれども、それよりも大切なことがあるのだからしょうがない。

そして、最初に出会ったのは、あの夜だった。
大切な友だちを、失った、夜。
落ちるように眠ると、自分は、本当に、意識の水底に落ちて。
そこで、出会った。彼に。

それからは、なにかあると、眠るたびに呼ばれるように彼と会った。
所詮は自分自身なのだから、考えてることも一緒。ある意味、思考を読まれるのと同等、あるいはそれ以上にやっかいだった。
それでも拒絶しなかったのは、自分自身が弱かったからにすぎない。
ようするに、自分は、縋る場所が欲しかったのだろう。

彼とは、暗い闇の底で会う。それでも周りが、相手が、どんな風なのかを認識できるのは、結局、想像の中、だからなのだろう。
自分たちは、限りなく近い場所にいるものの、相手が檻に入れられているので、触れ合うにしても無粋な鉄の棒を挟まないといけない。
それに加えて、彼は、鎖に繋ぎとめられていた。そうでもしないと、彼は、この檻から出てきてしまう。
この檻と、鎖が、自分と彼を分けている物であり、彼をこうして無理やりに繋ぎとめているのも、全て、自分自身の意思だった。
彼は何度も、この辛い連鎖から変わってくれると言ってくれた。優しい世界になったら、起こしてくれると。
でも、それはだめだ。
自分がやらなくては。言わなくては。

世界に、生きていると。

こんなところに閉じ込めて、繋いで、その上、縋る場所にして。
何度も何度も謝るけれど、そのたびに彼は、緩く頭を振り、そうすることが自分が一番傷つかない方法なら、それでいいと、言ってくれた。

だから、何度も何度も、足を運んだ。
情勢が傾けば傾くほどに、その場所に行く頻度は増えていった。
紅い瞳が、優しく細められるたびに、もう一度だけ、立ち上がろうと決心した。
それは、大切な人が、自分の敵だったときも、離れていったときも、同じだった。
もう一度だけ、もう一度だけ。
こんなところに繋ぎとめられてもなお、彼が自分に微笑みかけてくれるのと同じように、今はもう遠くへ行ってしまう自分の大切な人にも、同じように接しようと思った。
考えが違おうとも、受け入れられることの大切さを知って、だから、自分も受け入れ続けようと、思った。


そう、思った。






感情の波が、いっきに押し寄せる。
彼の今までの想いと、今の想いが、自分に反射して、がらがらと音を立て始める。
もう、だめだ、と、思った。
泣いている、悲鳴を上げている、壊れてしまう。
がらがらと、檻の周りが崩れ始めた。

「るるーしゅ」

真紅の瞳を開き、遥か上を見上げて。






がらがらと、崩れ落ちてしまった。






大切な人を、守りたいと願いました。
自分は、生きてるのだと、世界に認めて欲しいと願いました。

けれども、世界は、結局、認めてくれは、しませんでした。


「ごめん、でも、もうだめだ、ルルーシュ、我慢、できない」


気がつくとそこは、真っ暗な闇の底。
真っ暗な闇の中に、ぽつんとある、檻。
繋がれた、両手。
檻をはさんで目前にいるのは、真紅の瞳を持つ、自分。
泣きそうに瞳を揺らし、伸ばされた手は、自分の瞳へと向かい。
そして、布を被せられ、光を遮られ。
首筋に相手の吐息を感じて。
ゆっくりと、自分と相手のそれを、重ねられて。

愛されていると、自分は、世界には求められていなくとも、彼には求められているのだと、感じました。
けれども、それでも、


「……すざく……」


紡いだ名は、拒絶されてしまった、世界の名前、でした。










皮肉の笑い声
愚かな自分を笑ったのか、それとも世界に向けてか






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