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そこに愛はなくて



するりと、まるで当たり前のように入ってくる舌先。
上顎を撫でられ、ざらりと舌を絡めとられる。
一瞬だけ入ってくる冷たい空気に誘われて口を開くと、それも許さないというように口を塞がれた。

「んっ、…んぅ…」
「ルルーシュ、…ルルー、シュ…」

うわ言のように繰り返さえる自分の名前に、ルルーシュは、何も返すことが出来ない。
ただ、気をつけなければ、このままぼんやりと霞む意識の海に溺れてしまう。

きっかけは、何だったのだろう。

ルルーシュは、いつものようにただ学校に向かい、いつものように授業をうけ、そしていつものように生徒会の活動に参加して、クラブハウスに帰ろうとしただけだ。
そのときに、今はナイト・オブ・ラウンズの一員となってブリタニア本国へと行ってしまった幼馴染のスザクが、自分と揃いの学園の制服を着て、やってきた。
学校内の校舎といえども、放課後にもなると人通りが少なくなる。
そんな中でルルーシュが鞄を持って廊下を歩いていると、その向こうから、スザクが現れたのだった。

ある日気がついたら、どこかぼんやりと霞む記憶の中で自分がただブラックリベリオンに巻き込まれて数日眠っていたと伝えられた。
そして、知らない間に、幼馴染であるスザクは、この学園から消えていた。
スザクは今、ラウンズとしてブリタニア本国にいる。
それをルルーシュは、テレビのニュースで知った。
ずきんと、頭が痛くなって、その後にまたベッドに戻ったのは、そう古くはない記憶だ。

そして、それからほぼ音信不通になったスザクが、ふらりと帰ってきたのだ。

「スザク…帰ってきてたのか」
「うん」

ただ、その瞳は、暗く濁っていた。
ルルーシュの記憶にはないその姿に、ルルーシュの肩がびくりと震える。
暗く、冷たく、濁った瞳。
頭の上からつま先まで見られているような気がして、落ち着かない。

(記憶?記憶になって…それは、いつの、記憶のこと、だ)

ふと、ルルーシュの意識が途切れる。
記憶。
記憶。
スザクに関する記憶、思い出が、見えない。

スザクのこと。

思い出すのは、そう、いつも、こうやって彼から噛み付かれるような口づけをされていること、だけだ。

「ルルーシュ」

はっと、気がつくと、ルルーシュは、スザクと壁の間に挟まれていた。
スザクの片手は壁をつき、もう片手はするりとルルーシュの頬を撫でる。

「今、何、考えてた?」

ゆっくりと落とされる声は、記憶にあるスザクのものと同じはずだ。
いや違う、彼はこんなにも低い声で、自分に話しかけてきていただろうか。
もっと、もっと、甘い声で、

「ルルーシュ。答えて」
「あ…」

すっと細くなる翡翠の瞳に、手が震えて、そのまま鞄が床に落ちる。
どさりと足元に落ちた鞄に、けれどもルルーシュは視線を向けることができなかった。
深い緑の瞳に捉えられて、動けない。

(なぜだ、どうして、スザクが、)

「僕が、こわい?」
「こわい、わけ、ない…!」
「なら、言えるよね。何を、君は、考えてた?」
「スザクの、こと、だ」

くすりと口元を歪めて、スザクは、ただじっとルルーシュのことを見つめた。
ほんの数センチ先にいるルルーシュの瞳に浮かぶのは、戸惑いと恐怖だ。
そしてスザクは、確信した。
ルーシュは、まだ何も思い出していない。
以前までの彼ならば、こんな風に怯えたりしない。弱みを見せるはずがない。


(真っ白な、ルルーシュ、だ)


「よかった」
「すざ、く?」

ぽつりと呟いた言葉に、ルルーシュは戸惑いながらスザクのことを見つめ返す。
ゆらゆらと揺れる紫紺の瞳は、けれども何かをなくしたように、弱々しく光る。
それが、ただ、スザクの重く冷たい心を満たしていった。

そして、そのまま、スザクは、ルルーシュに噛み付くようなキスを、した。


くしゃりと、ルルーシュの黒髪がスザクの手によって撫ぜられる。
乱れた黒髪、垂れる唾液、潤む瞳。
熱い息を落としながら、ルルーシュは、必死にスザクのジャケットを掴んだ。
力がはいらない。このままじゃ、崩れ落ちる。
けれどもスザクはそんなこと気にせず、キスを続ける。
そしてようやく、ルルーシュを開放すると、そのままルルーシュは壁づたいにずるずると床に座り込んだ。

その瞳は、ぼんやりとスザクのことを見つめている。
いや、見つめていないのかもしれない。
焦点の合わない潤んだ瞳に合わせるように、スザクはルルーシュの前に膝を折ってしゃがむ。
そしてそのまま顎に手をかけて、ルルーシュの顔を固定した。

「ルルーシュ」
「…、…」
「ルルーシュ」

ぽたり、ぽたり、と、ぼんやりとした紫紺の瞳から涙が落ちる。
思考が停止してしまったかのようなルルーシュは、何も言わずに、ただ涙を流し続けた。
スザクは、その姿をただ機械的に見つめる。

「すざ、く」
「なに?」
「おれは、おまえが、」
「うん」
「……、……」

濁った瞳でそう呟いて、そしてルルーシュは電池が切れたようにふつりと意識を失った。
かくんと前に倒れたルルーシュを、スザクはそのまま受け止める。
甘い、百合の香り。ルルーシュの香り。


「そのまま、何も思い出さないで」


ぽつりと、スザクは、ルルーシュの耳元に言葉を落とす。



「そうしたら、また、愛せる、から」


今はまだ、だめ。
無意識にだろうか、ルルーシュの手は、スザクのジャケットを、皺ができるぐらいにぎゅっと掴んでいた。


「それまで、僕のことだけ考えて、僕のことだけ思い出していて」


眠るルルーシュの耳元で、甘く甘くスザクは囁く。
ぼんやりとした記憶の中で揺蕩うルルーシュに、染み込ませるように。
冷たく暗い瞳のままで、ルルーシュを抱きしめる。
そして、鞄とルルーシュを抱きかかえると、ほんのすこし前まではよく通ったクラブハウスまでの道を歩いて行く。
その口元は、にんまりと歪んだ笑みの形を作っていた。


「また、会いに来るよ、ルルーシュ」




そこに愛はなくて
真っ白な君と、真っ白に戻った僕達のアイ


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あきゅろす。
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