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何よりも悲しいのは、大切なのは。



「スザクさんの瞳は、優しい森の色なんですね。すごく落ち着く色です!」


とても、きれい。
うっとりナナリーがそう言って僕の瞳を見つめてくる。
それから、幸せをぎゅっと詰め込んだような甘い声で、スザクさんの目の色が緑、と呟いた。

先日、階段の間と共にナナリーの厄を落としてから、ナナリーは、今まで見えていなかった時間を取り戻すように、その視界に世界を映し始めた。
そして、僕やルルーシュ、それからロロに、これは何か、あれは何かと一つ一つ確認していく。
特に、今までナナリーの世界にはなかった、色という存在が与えた影響は大きかったらしく、彼女は、世界にあふれる色に歓喜していた。
こうやって喜んでくれると、お祓いをした僕もすごく嬉しいし、なにより、ルルーシュがすごく優しい瞳でナナリーのことを見る目ている姿を見ると、厄を落としてよかったとしみじみ思う。

が。

お祓いに成功していいことばかり起きた、というわけでもなかった。

なぜだかわからないけれども、ナナリーの厄を落としたことによって、今まで半信半疑だった僕の神主としての力が想像以上のものだったと認められてしまったらしく、あれから事あるごとに、いろんな人からお祓いしてくれ厄を落としてくれと頼まれるようになったからだ。
ルルーシュが、ナナリーの目に視力を取り戻してくれたお礼だからと焼いてくれたケーキを食べようとしたら第三皇子のクロヴィス殿下からアフタヌーンティーに誘われ、ナナリーが一緒に花を見ないかと誘ってきたときには第二皇子のシュナイゼル殿下から会ってみたいと連絡が入った。
なにより残念だったのは、ルルーシュがせっかくわざわざブリタニアまで来たのだから観光くらいしてはどうだと誘ってくれた時に皇帝陛下からお呼びがかかってしまったこと。
皇帝も、僕がきっかけでナナリーの目が良くなったと聞いて、一度会ってみたくなったらしい。
僕の父さんとも会談で何度も会っていて、そのたびにお互いの子供の話をしていたと言っていたから、確かに興味も湧くだろう。
けど。
ルルーシュと一緒にでかけたかったなぁ、なんていうのが、神主とはいえただの平凡な高校生の僕が持った素直な感想だった。
そういえば、その時はルルーシュもなんだか機嫌が悪いように感じたのは僕の気のせいなのかな?
なんて思いながら、今度はルルーシュの瞳を覗き見ては、お兄様の目の色が紫というのですか?と可愛らしく問いかけるナナリーと、その質問にやわらかな声でそうだよと返すルルーシュの姿を見つめた。
可愛らしいナナリーと、綺麗なルルーシュ。
うん、目に良いよね。
ついつい緩みそうになる口元を必死にこらえていると、ふと、誰からの視線を感じた。
そして、かすかに開かれた扉に視線を向けると、そこにはナナリーと揃いの甘いミルクティー色。

「ロロ?」

扉からどこか気まずそうに見つめてくる姿に問いかけると、ロロは、はっとして、それから気まずそうに視線を逸らしてから、その場から走り去ってしまった。

(どうしたんだろう?)

ロロは人見知りをしやすいんだ。
ルルーシュが、そう言ってたなと思いながらも、その時の僕は、再び仲睦まじいルルーシュとナナリーの姿を見ることに、再び意識を戻した。


「そういえばさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「どうした、まだここの間取りに慣れないか?」

それから、調子が良くなったとはいえ、元から病弱なナナリーが医師の元へと診察に行っている間、僕はすでに日課となったルルーシュとのお茶会を楽しんでいる。
最初は、ここにあるお菓子も全部、メイドさんたちが作ってくれてるんだと思ってたんだけど、ある時ルルーシュが頬を微かに赤らめながら、実はここにあるお菓子もケーキもお茶も、全部自分が用意したんだと告げてきた時には、ついついケーキがささったフォークを落としてしまった。
だって!
ルルーシュが!頬を染めて!ちらちらとこっちを見ながら!恥ずかしそうに伝えてくるから!
あのとき、つい勢いに任せて好きだとか叫ばなかった僕の理性を褒めてあげたい。
そして、そんなことも知らずに食べていたお菓子もお茶も全部、美味しかった。
実は結構甘党な僕は、それまでルルーシュに、毎日こんなにおいしいケーキとお茶を食べれて本当に幸せだなんだと語っていたのもあり、まさかそれが好きな人の手作りだったと気がついたときの僕の感動は凄まじいものだった。
こんなに美味しいケーキやお菓子を作れるなら、きっと料理も上手に違いない!
父さんは、ルルーシュみたいな息子が欲しいって言ったけど、僕は、ルルーシュみたいなお嫁さんが欲しいと切実に思った。
そしてそれを伝えなかった僕の理性を、やっぱり褒めてあげたい。

じゃなくて。

ついつい、ルルーシュのいたずらっ子のような笑みに見とれながら、口の中に広がる甘いムースの味に思考が飛んだ僕は、慌てて、そうじゃないよ!と返す。
ルルーシュは紅茶を優雅に飲みながら、なら昨日の夜に自分の部屋が分からなくてうろついてたのは誰だろうな、なんて意地悪なことを言ってきた。
気が晴れてきているとはいえ、まだ混沌としているこの地に慣れてないのか、僕はよく、このアリエス宮の中で迷子になっていることをルルーシュにからかわれ、むっと口を曲げると、ルルーシュはくすりと笑ってごめんと謝ってきた。
こうやって些細な冗談を言い合う、そんなことも同年代の友達がいなかったルルーシュに新鮮で楽しいことなのだろう。
僕も、くすりと笑ってから、そして、一度息を吸う。
僕の変化に気がついたのか、ルルーシュも持っていた紅茶をソーサーに置いて真っ直ぐに見つめ返してきた。
…なんか照れるな。
じゃないだろ、自分!
自分を落ち着かせて、僕も、ルルーシュの今は透き通った菫色の瞳を見つめる。

「あのさ、ロロの病気って、ナナリーの目みたいに原因不明とかじゃないんだよね?」
「あぁ。痛みが伴うようだが、ちゃんと病名も分かっているし治療薬もある。…何か、気になることでもあるか?」
「いや…うーん…ちょっとよく分からないんだけど、聞いておきたくて」
「そうか。必要ならばカルテを取り寄せたりはできるが…」
「ううん、大丈夫。本当にちょっと気になっただけなんだ!それに僕がカルテを見ても何にも分からないだろうし」

そう言うと、ルルーシュは、そうかと言って、また一口紅茶を飲んだ。
そう。
ロロ。ルルーシュの弟であり、ナナリーの双子の片割れである、ロロ。
特に彼からは何も感じない。
あの赤い鳥も見えない。
けれども、ほんの少しだけ、何かが引っかかるような気がした。
誰もが見過ごしてしまうような、本当に微かな違和感。
気がついてしまうと、どこか不安になるような、小さな歪み。

「だが、スザクが気になるなら、きっと何かがあるんだろう」

お前の力は、本物だから。
そう言って、ルルーシュは、まるで僕を神様を見るかのような目で見つめてきた。
一欠片の疑いもなく、僕が言うこと全てを信じてしまいそうな、そんな瞳。
ナナリーの厄を落としてから、ルルーシュは、僕の力を誰よりも信じたのか、まるで神に恋する修道女のような瞳で僕を見つめる。
そんなルルーシュに恋する僕は、なんだか真っ白な彼を汚してしまいそうで。
やっぱりドキドキと高鳴る鼓動を無理やりしずめて、誤魔化すように、皿に積まれたクッキーに手を伸ばした。

(無意識って、こわい!)

静まれ僕の心!
さくさくと口の中でほころぶクッキーは、ほんのりと砂糖の甘さを僕に伝えてきた。


「スザク、さん」
「あれ、ロロ。どうしたの?」


さてルルーシュとのお茶会も終わり、ルルーシュも皇族としての執務があるらしく、僕も僕でアリエス宮の中を簡単にお祓いしてこようかと、日本から持ってきた浄化用の塩とご神体の刀を持ちながらふらふら廊下を歩いていると、途中で後ろから声をかけられた。
普段、人の気配には比較的敏感な方の僕としては、まさか真後ろに立たれてそれに気が付かないなんて、驚いてしまう。
それだけお祓いに集中していたのかな、なんて思いながら、どこか思いつめた様子のロロに、首をかしげた。
ロロは、気まずそうに視線を彷徨わせ、ぎゅっと服の裾を握りしめ、もごもごと口を動かす。
大人しく待っていると、しばらくして彼は、意を決したように僕の瞳を見つめてきた。

「相談、したいことがあるんです」

カチャリと開かれるドア。
どうぞとロロに勧められて中に入ったそこは、ロロの私室だ。
そこは、僕の想像と違って白と水色で統一されたシンプルな部屋だった。
ごちゃごちゃとモノがあふれるわけではなく、でも、ちょこんと置いてある写真立てにはルルーシュとナナリーと撮った写真が飾ってあったり、真っ白なシールが敷かれた大きなベッドがある。
シンプルに見えるけど、センスがいい部屋、だった。
皇族の部屋って、もっと豪華なのかなって思ってたよと冗談交じりに言うと、ロロは小さく笑いながら、僕も兄さんもそういうのは苦手なんですと帰ってくる。
僕よりも兄さんの部屋の方が物はすくないかなぁ、なんて言うロロは、さっき話しかけてきた時よりもだいぶ落ち着いているようだった。
そして勧められたソファに座っていると、静かにメイドの人たちが入ってきてお茶を用意してくれる。
僕とロロが礼を言うと彼女は静かに頭を下げ、そして部屋から出て行った。
しばらく、二人でルルーシュのことやナナリーのことを会話していると、ロロは、ナナリーによく似た可愛らしい笑みを浮かべる。
ルルーシュとナナリーもだけれど、ロロも二人のことが大好きなんだって伝わってきた。
それから、ロロは、一瞬だけ口を閉じると、ぽつりと、僕に言ってきた。

「夢を、見るんです」
「夢?」
「はい。兄さんやナナリー、それに父さんやシュナイゼル兄さんたちもでてきて。今まではただの夢だって思ってたんですけど、それにしてもよく出来過ぎていて…。しばらく前に、知らない人が僕の夢にでてきました。それから何日かして、その知らない人が、実際に僕の目の前にきたんです」

スザクさんが、来た時は、本当に驚いた。

ぱちりと瞬きを一つ落とす。
僕が、ロロの夢に。

「…正夢ってやつ、かな?」

とりあえず、当たり障りの無い答えを示すと、ロロは、けれどもどこか腑に落ちないような顔をする。
きっと、僕が夢に出てきたことが問題ではないのかもしれない。
家族を大切にするロロがこんなにも考えこんでいるのだから。それは、きっと。

「その夢の内容、聞いてもいいかな」

語られたのは、今の世界では考えられないような、内容だった。
日本がブリタニアに侵略されてしまうこと。
ルルーシュとナナリーがブリタニアに捨てられてしまうこと。
僕がブリタニア軍に入ること。
ロロが、ルルーシュの弟では、ないこと。

ぽたり、ぽたりと、ロロの瞳から涙が溢れてくる。

「僕のせいで、兄さんの友達が死んだ。僕のせいで、兄さんとナナリーが一緒にいられなかった」

でも、何より一番悲しかったのは、自分が、大好きな兄の弟ではなかったこと。

ぽんぽんと、ロロの頭を撫でてやると、すみませんと小さな声が帰ってくる。
確かに、悲しい夢だ。
日本とブリタニア、世界を巻き込む戦いは大きくなるけれども、いつもロロは、最後に自分が死んでしまい、それから先のことを夢で見ることはないという。
最後の最後に、ルルーシュが、ロロを本当の弟だというところで、視界が途切れて目が覚めるらしい。
そしてその時には決まって、胸がえぐられるような激痛を発するらしかった。
ただの夢といえば、それで終わってしまう。
けれども、僕は、どこかその話が夢だけで終わらせられない、そんな気がした。

「兄さんは優しい。ナナリーも優しい。夢だと分かっているけれども、こわいんです。家族じゃなくなったら、どうしよう、って」

こわい、こわいと、ロロは震える。
それはつい先日、見た光景と似ていた。
ナナリーが、あの階段の間が怖いと言っていたときと、同じだ。

「大丈夫だよ、ロロはルルーシュの弟で、ナナリーの双子のお兄さんだから」

ね、と笑いかけると、ロロは、泣いて赤くなった瞳のままで、こくりと頷く。
それから、話を聞いてくれてありがとうと礼を言われた。
今まで誰かに相談したくても、こんな内容をルルーシュやナナリーに言えるわけがない。
夢だと分かっていても、それはロロの心を少しずつ少しずつ、荒らしていったのだろう。
弟がいたら、こんな感じなのかな、なんて思いながらロロの頭ゆっくりと撫でる。
そ、そこで、コンコンと扉が静かにノックされた。

ロロが慌てて僕から離れると、そこにいたのはルルーシュで。
現れたロロの目が真っ赤なことに気がつくと、ルルーシュはその綺麗な紫紺の瞳を大きく開いた。

「どうしたんだ、ロロ!?まさか…スザクに何か言われたのか!?」

同じ部屋にいた僕に気がついたのか、真っ青になってルルーシュがロロに詰め寄る。
僕とロロの顔をあわあわと見るルルーシュに、慌ててロロが違うよ!ちょっと相談事を聞いてもらっいただけだよ!と言う姿に、つい僕は、くすりと笑ってしまった。

こんなにもお互いを思い合う二人なのに、兄弟じゃないだなんて、そんなの考えられない。


(え?)


ぐらり、と、世界が揺れる。
ちくたくと時計の音だけが響く。
違う、時計の音だけじゃない。
時計と、それから、小さな心臓の音。
時計の音が大きくなるたびに、心臓の音は弱々しくなっていく。


(お前は、おれの弟だよ)


悲しみに濡れる声と、それから一瞬だけ見えたのは、小さなお墓。
その上で揺れる、ハート型の、ロケット。


「スザク、どうしたんだ?」

はっと我に返ると、目の前には心配そうな顔をしたルルーシュがいた。
その隣で、ロロも大丈夫ですかと問いかけてくる。

「あ、だい、じょうぶ」
「本当か?だがそれにしても顔色が悪いが…少し休むか?」
「僕の話をずっと聞いてくれてたから疲れちゃったのかも、兄さん」

忙しいのにごめんなさいと謝るロロに、大丈夫だからともう一度笑いかけると、ロロはほんの少しだけほっとしたように息をつく。
それから僕は、ルルーシュとロロを見つめたから、一つだけ質問をした。

一瞬だけ見えた、世界。
白昼夢というのかもしれない。
普通の部屋と変わらない部屋に、小さく歪むそれに気がついたのは、それのお陰なのか。
それとも、違う、何かなのか。


「あの、さ。どうしてロロの部屋には、時計がないの?」


そう。
意識がぐらりと揺れたあの瞬間だけは、うるさいくらいに聞こえた時計の音が、今は聞こえない。
どの部屋にもある時計が、けれども、なぜか、それなのに、この部屋には見当たらなかった。

そう聞くと、ルルーシュとロロは、きょとんとした後に、お互いの顔を見つめる。
それから、ロロが僕も方を見て、言った。

「この部屋、時計を置いてもすぐに壊れちゃうんです」
「壊れる?」
「磁場の関係らしくてな。他の部屋はそんなことないんだが、ロロの部屋だけ磁場の影響が建設上ひどいらしくて、普通の時計だとすぐに壊れてしまうんだ」

さっき聞こえた時計の音といい、すぐに時計が壊れてしまう事実といい、なぜか僕には納得できなかった。
自然と眉間に皺を寄せる僕に、ルルーシュが心配そうに、スザク?と呼びかけてくる。
あぁ、だめだ、これじゃあルルーシュを怖がらせてしまう。
それでも僕は、湧き上がる疑問を口にする。
まるで、僕の口を使って、誰かが話しているようだった。
僕じゃなくて、枢木の血が、淀みを探すように。

「なら、ロロはどうやって時間を確認してるの?」

そう言うと、ロロは、ほわりと笑って、ポケットから、懐中時計と取り出してみせた。
その姿に、僕は、目を見開く。

「これを使ってるんです。兄さんが誕生日にくれた、懐中時計。これはそういうものの影響をうけないらしくて」

ロロの手にあるのは、僕がさっき垣間見た景色の中にあったものと、同じだった。
サイズは大きくなっているけれども、デザインは同じ。
白いハートの中に金色の縁取りで四つ葉のクローバーが描かれている、ロケット。

「ロロには可愛らしすぎると思ったんたんだが、これと一緒に揃いのペンダントをナナリーにも渡してあるんだ」

ルルーシュが言う言葉も、ぼんやりとしか頭に入らない。

「少しだけ貸してもらってもいい、かな」
「どうぞ。ここを押すと開いて中の時計が見れるんです」

かちゃりと音を鳴らして僕の手の中に収まる時計。
ロロの説明を受けながらその蓋を開けると、そこからもやもやと赤い影が立ち込める。
そして、赤い鳥の影がばさりとその翼をはためかせてでてきた。

「ぅ、あっ!?」
「ルルーシュ!?」
「兄さん、どうし、っ!」

その瞬間に、ルルーシュが自分の片目を抑える。
ロロの懐中時計から飛び出してきた赤い鳥に共鳴するように、今まで大人しかったルルーシュの目に宿る鳥もギラギラと光っている。
そんなルルーシュに駆け寄ろうとしたロロも、胸のあたりを押さえてしゃがみ込むと、肩を震わせ、ぜぇぜぇと息を荒らげた。
そんな二人を笑うように、ロロの懐中時計しかないはずの部屋の中で、ちくたくと時計の針が貼り始める。
いくつも、いくつも響くその音がどんどん大きくなっていく。
その音が大きくなるたびに、ロロの呼吸が荒れる。
ルルーシュが片目を抑えながら、それでもロロに寄り添い、ぎゅっとその身体を抱きしめた。

「スザク!ロロが、ロロが…!それになんだ、この時計の音も!」
「大丈夫だから!落ち着いて、ルルーシュ!」

ルルーシュが混乱して感情が高ぶるのに合わせるように、ルルーシュの目に宿る鳥も大きくなる。
そしてそれにつられるように、時計の音も大きくなる。時計にまとわりつく赤い影と鳥も淀んでいく。

(全部ルルーシュにつられてるのか!)

ご神体の刀を手にしたものの、この部屋の空気の淀みがひどすぎて、今の僕の力では刀を鞘から抜くことができなかった。
淀みに、押さえつけられているような錯覚。
そんなことしている間に、時計の音は耐え切れないほど大きくなる。
ロロの様子も悪くなる。
ルルーシュも、混乱する。


「ルルーシュ!」


その瞬間に、時計の音は一瞬、止まった。
僕が、ルルーシュの名前を呼んだ、その瞬間。

その一瞬を見計らって、僕はルルーシュの側に駆け寄ると、ロロを支えるルルーシュごとぎゅっと抱きしめる。
はっと、ルルーシュが息をつまらせる音が、僕の耳に落ちる。
それから、そっと背中を撫でてあげると、ゆるゆると息をはきだしたのを感じた。

「これも、厄、というやつのせいなのか…?」
「たぶん。でも、今ならちゃんと落とせるから。君のことは僕が守るから、だから、君はロロを守ってあげて」

ふんわりと、ルルーシュの香りが鼻をくすぐる。
枢木神社のある、森、そこと同じ澄んだ香り。

「当たり前だ。ロロはおれの大切な、弟なんだから」

そう言って、ふんわりと笑ったルルーシュの片目にはすでに、あの赤い鳥の影はなかった。
僕も笑みを浮かべると、ルルーシュの額にくちづけてから離れる。
そしてご神体の刀を手にすると、どくりと血が騒ぐ感覚がした。
今なら、いける。

微かに鳴り響く時計の音。
その音は今は、赤い影の中で揺らめくロロの懐中時計からしか聞こえなかった。

かちゃりと音を鳴らして刀を鞘から抜く。
それから思いっきりその刀を懐中時計の真上で羽ばたく赤い鳥の影に振りかざした。

ばちばちと静電気のような音が鳴り響く。
ルルーシュにも聞こえるのだろう、ばちんと大きな音が鳴ると、視界の端でルルーシュの方が震える。
けれども、そんなルルーシュに声をかけられない程、懐中時計についた影の力は強かった。

(刀が、振りきれない…っ!!)

振りかざした刀は、かたかたと音を立てて空中で止まる。
力だけじゃない、きっと霊力とかそんなものが、今の僕には足りないのかもしれない。
こんなことなら、もっと真剣に神社のみんなや父さんが言ってた修行だとかお祓いの呪文だとか覚えておけばよかった!!!
なんて、後悔を今更しても遅くて、僕はただただ、押し返されそうになる力に抗うだけだ。
赤い鳥は、今も悠々と懐中時計の上で飛んでいる。
このままでは僕の集中力が切れてしまう。
中途半端にお祓いをしてしまった方が、よけいに残った厄を暴走させてしまう。
けれども。



「スザク!!」



何も手が出せない状況で、ルルーシュが僕の名を呼ぶ。
そして、僕も横を、何かがきらきらと光りながら通っていった。
それが、懐中時計の側に落ちて、散らばる。

(いま、だ!!)

「消え、ろおおお!!」

力の限り振り切った刀は、その瞬間、軽やかに、赤い鳥を切り、懐中時計に立ち込めた影を祓った。
そして、一際大きな鐘の音がゴーンと鳴ると、部屋は再び、静寂を取り戻した。



「まぁ、そんなことがあったんですか?でも、その時は部屋にいましたけど…何の音もしませんでしたよ」


次の日のアフタヌーンティー。
ロロがナナリーにその時のことを話すと、ナナリーはぱちぱちとその大きな瞳を瞬かせて驚いていた。
ロロの部屋の中にいた僕たちは、しばらく耳鳴りを起こすほどの時計の音を聞いていたのだけれども、ロロの隣の部屋に私室があるナナリーは、その時間、自分の部屋にいたにも関わらず、何も聞こえなかったらしい。
長年、視界を遮られた結果、聴力がよくなったナナリーに、聞こえない音。
やっぱりそれも、あの赤い鳥の形をした厄のせいなんだろう。

「でも、せっかくルルーシュから貰ったやつだったのに、お祓いのためとはいえ壊しちゃって…本当にごめん!」

うぅ、と、情けない声を出しながら、僕はロロに頭を下げると、ロロはクッキーを食べながらぺちぺちと瞬きをした。
その姿はナナリーとよく似ている。
それから、ほわりと笑う。

「いいんです、スザクさん。確かに兄さんから貰った時計が壊れたのは悲しいけど、でも、それより大切なことってあるから」

どこか吹っ切れたように笑うロロは、小さな声で、もうあの夢も見ない気がしますと呟く。
あのお祓いのときに、思いっきり振りかざした刀は、時計の部分だけど綺麗に壊した。
あの後、ロロの部屋に試しに他の時計を置いたところ、まったく壊れる様子がなかったのもあって、厄も綺麗に晴れたようだったけれども。
ハート型の蓋は壊れなかったものの、これでは懐中時計の意味が無い。

「それに、まさか僕の病気も良くなるなんて思ってなかったから」

そう、あの後、お祓いをしたあとに、気を失ってしまったロロを医師の元へ慌てて連れて行き、検査をしたところ。
なんと、今まで悪化しかしていなかったロロの病気が、微かながらも良くなっていることに気がついたんだ。
これにはさすがに僕とルルーシュも驚き、そして、二人して良かったと力が抜けてしまった。

「それにしても、まさかお塩がそんなにすごい力を持っているとは思いませんでした。確かにスザクさん、よくお塩を持って歩いてますものね」
「兄さんは知ってたの?」
「話に聞いた程度だけどな。でも、まさかあんなにすごい威力を持っているとは思わなかったな」

そして、三人が興味津々なのが、この枢木神社特製のお清め済みの塩、だ。
あのとき、ルルーシュが僕の名を呼び、その後に散らばった光る結晶は、この塩、だったのだ。
ルルーシュが咄嗟に投げた塩が、あの赤い鳥の力を弱めた。
確かにあの時、僕はアリエス宮の中をお祓いしてまわっていて、この刀を塩を持っていた。
が。
この塩が、まさかあのタイミングでとんでもない威力を発揮するとは僕も思っていなかった。
枢木神社特製の塩、恐るべし。

それから、四人で笑いながらルルーシュ特性のお菓子とケーキ、それから紅茶を楽しむ。
そういえば、神社なのに成仏って合ってるですか?なんて質問をロロにされたり、私もお部屋に塩を飾りたいです!なんて言い出すナナリーに笑ったり、そんな二人を見て、ルルーシュが幸せそうに目を細めたり。

(そういえばあの時、どさくさに紛れてキス、しちゃったな。おでこに、だけど)

ルルーシュにとってはただの挨拶程度にしかとられていないかもしれないけれど、なんとなく僕はそんな事を考える。

あぁ、でも、よかった。
守れて。

この幸せな光景を見て、僕は、ただただ、甘い気持ちにひたっていた。


テーブルの上には、お菓子とケーキに温かい紅茶、それから、少し壊れてしまった懐中時計があった。


さぁ、時を進めよう。
あなたと、いっしょに。



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