仮面の中身は。 (どこ、だろう、ここは) 風に、髪が揺れる。 名前のない少年は、いつのまにか、知らない森の中に立っていた。 後ろを見るも、少年が飛び出してきた自分の部屋の扉は、ない。 ただ、緑が広がるだけ、だった。 そこで、少年は、自分が仮面を被っていないことを思い出して、眉をひそめた。 けれど、この、誰もいない場所では、仮面を被っていても、まったく意味がないだろう、とも、考える。 とりあえず、歩くと、少年は、ふいに、可笑しなのは周りの風景だけではないと、気がついた。 いつのまにか、自分の服も、変わっていた。 白をモチーフにした、服。 今まで来ていた、仮面と合わせて作られた真っ黒の服とは、正反対の、服。 それを、鏡のはめこまれた木で、見る。 (また、白。白、か) 少年は、小さく、笑みを零す。 それは、けれど、暖かい慈しむようなものではなくて、ただ、自分を貶すためのもの。 名前のない少年は、暖かい笑みも、持っていない。 いつから、彼は、名前を失ってしまったのだろう。 いつから、彼は、暖かさを失ってしまったのだろう。 「…でも、本当に、どうしたらいいんだろう」 ぐにゃぐにゃと曲がる道。 あっち、こっち、そっち。 道案内という役目を完全に放棄した、道しるべ。 どこまでも続く、木々。 (まるで、不思議の国だ。昔、ナナリーと…ルルーシュと、読んだ、ような) 「迷子、か。迷路の中にいる、子ども。だから、迷子」 こもった声が、少年の頭の上から、ふってきた。 はっと、して見上げると、そこには、黒い、仮面。 少年は、目を見開く。 どうして、なぜ。 だって、 (ゼロは、僕、なのに…!) 仮面は、動揺する少年なんて気にせず、太い木の枝に腰掛けた。 くすくすと、やっぱりこもった、小さな笑い声を落とす。 ひく、と、声の代わりに、空気を震わせる少年は、けれども、見たくないというように、仮面に背を向けて、走りだした。 あっち。 (どうして、どうして!) こっち。 (だって、ゼロは、僕、なのに!) そっち。 (ルルーシュと、僕を、繋げる、最後、の) 「おかえり」 走って、走って、そして、走って。 たどりついたのは、再び、仮面の前、だった。 ばくばくとなる心臓は、止まらない。 少年は、思った。 きっと、このまま心臓が鳴り響かせる音は止まらず、いつか、壊れてしまうのだろう、と。 ぎゅっと握る、胸の左側。 いつまで経っても、落ち着かない、音。 「そんなに怯えるな。私はお前の敵じゃない。けれど、味方でもない」 「っ、うる、さい…しゃべるな!ゼロは、ゼロは、僕、だ!」 「ゼロはお前じゃないよ。俺でもないけれど」 曖昧なことを、唄うように話す、仮面は、そして、ゆっくりと、それを、外した。 「なぁ、そうだろ?俺たちは、ゼロなんかじゃない」 仮面の中から現れたのは、同じ、顔。 くるくると、はねる、髪。 森と同じ、翠の、瞳。 (ぼ…く…?) くるるん、と、まるで仮面をボールのように回し、それを器用に人差し指の上でも回転させる。 ぽーん、ぽーん、と、投げられる、仮面。 「なん、で…どうして、…っ、返せ!それは、僕の、だ!」 名前のない少年は、けれど、どうしても、仮面を、奪われた事が気に入らなかった。 たとえ、奪った相手、が、自分と同じ顔をしていたとしても。 名前のない少年は、同じく、名前のないだろう少年へと、叫ぶ。 普段ならば、冷静に判断できただろうことも、なぜか、できなかった。 ただ、子どものように、返せと、叫ぶ。 「うるさい。だまれ。これは、渡せない。だって、お前の、俺達のものじゃないだろ」 「違う!それは、僕の、だ!僕だけ、の!」 「僕、僕って、じゃあ、お前は誰なんだ。自分なんて持っていないお前に、所有権なんて、ないだろ」 「…っ!」 にやにや、と、自分と同じ顔が、楽しそうに笑う。 そして、その事実に、少年は、目を、再び、見開いた。 (違う、僕は、そう、ルルーシュが、僕を一緒に連れて行った、…、…なら、僕は、ゼロ、で) ぽたり、と、少年の目から、水が落ちた。 今まで、そう、どんなにつらくても、心が寂しいと訴えても、溢れてこなかった水が、溢れだす。 ぽたり、ぽたり、と、流れる涙は、少しずつ、足もとを濡らしていった。 そんな様子に、木の上からため息が零れる。 「そんなに玩具が欲しいなら、やるよ」 ぽん、と、投げだされた仮面を、少年はあわてて受け取る。 けれども、その冷たい仮面が、腕の中に戻ってきても、少年の涙は止まらなかった。 冷たい仮面では、身体は暖まらない。 「こんなのが、俺自身だなんて、吐き気がする」 ぽつりと吐き出された言葉だけを残して、その場には、仮面を抱えた、名前のない少年だけが、立っていた。 名前のない少年と、仮面と、言葉と、そして、涙。 「ルルーシュ、ルルーシュ、たすけてよ、ねぇ、るるー、しゅ」 少年の涙であふれかえったそこを、白うさぎが、駆け抜けた。 さぁ、涙の水たまりを飛び越えてごらん 今日という日を、支配されないうちに [*前へ][次へ#] |