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英雄






黒髪が、風に撫でられる。
ふわりと風に揺れ、目元にかかる。
いとしい人が眠る泉のほとり、力なく地にしゃがみこみ少年は、ぼんやりと、こぽりこぽりと揺れる、その水面を見ていた。
普段なら強い意志を秘める瞳に、今は、濁った光だけが浮かびあがる。

少年は、信じていた。
幼いとき、空を飛ぶ鳥を見て、彼らは自由なのだと。
けれども、少年は、生とは不平等だと、知った。
空を飛ぶ鳥に、自由なんてないことを。
たとえば、空を飛んでいても、嵐がきてしまえば、堕ちるしかないのだと。

涙はもう流せない。流れなかった。

ぼんやりと、片割れのモノになった、水面に映る月を見る。
そんな少年の瞳に、そっと、白い影が近づく。
そして、少年の目を、ゆっくりと白い手で覆い隠し、囁いた。


(失ウコトノ 耐エガタキ痛ミニハ モウ 慣レタカ?)


そっと、耳元で囁かれた言葉。
くすりと、耳元で、小さな笑みがこぼされる。
影に目を隠された少年は、それでも、ぼんやりと、水に浮かぶ月を見る。
失う事の、痛み。
そんなものには、きっと、一生、慣れることなどないだろう。
けれど、少年には、もう、何も残っていなかった。
少年には、もう、何も必要なかった。
死にゆくモノに必要なモノは何もない。
だから、少年は思った。
きっと、自分も、もう、死んでしまったのだと。
片割れがこの醜い世界から消えたときに、きっと、自分も。
なのに、身体がこうして、まだ動いているということは。



「…命は、…喪われる、もの」



ぽつりと、呟く。
そっと、白い影が、手を外す。
ゆらりと、少年は立ち上がると、暗い瞳を、空に向ける。
復讐してやる。こんな醜い世界、壊してしまえ。
黒い刃を手に、少年は、泉を離れる。




少年の瞳は、両目とも、紅に、なっていた。





片目を、眼帯で覆う少年は、二本の剣を腰にさし、世界を回った。
かつては紅と紫だった瞳の、片割れと揃いの色だった紫の瞳を隠すように、黒い布で目を覆う。
けれども、彼は知らない。自分の瞳が、両目とも紅色になっていることを。

結局、世界はやはり、どこまでも醜く、うつくしくなどなかった。
そして、世界を見つめれば見つめるほど、どうして、片割れが犠牲にならないといけなかったのかと、疑問だけが心に降り積もっていく。
確実に冷えていく心と瞳。

道端ですれ違う商人。
売られるモノは、ヒト。
少年の後ろから、かつて、自分も叩かれた、鞭の音が聞こえる。
あぁ、世界はなんて不平等なのだろう。平等なんて、この世界にはない。

Moiraに気まぐれに与えられる幸福を、何を勘違いしたのか、ヒトは、自分のものだと他人に掲げる。
人は皆、所詮はMoiraの奴隷だというのに、その奴隷が、ドレイを買うという、悲劇。
もしかしたら、天に住まう神々は、そんな人間を見下ろして、笑っているのかもしれない。
そこまで考えて、少年は、静かに、振り返った。

そして。

ひゅん、と、静かな音をたてて、腰に刺さっていた二本の剣の内の一本を手に取り、商人を、切り倒した。
静かになる、場。
それよりも冷えている、少年の、紅色の、目。

「な、なんのつもりだ、お前!」
「そいつらを放せ。お前たちも、なぜ、大人しくしている。なぜ、諦める。どうして、自分の運命に抗わない、お前たちは、奴隷になるために生まれたわけじゃないだろう!!」

おそらく、商人の護衛としてついていたのだろう、数人が、少年に向かって襲いかかってくる。
その姿を見て、少年は、もう死んでしまったであろう商人とその護衛、そして、諦めた瞳に驚きの色を表す奴隷たちに、叫んだ。
ひゅんと掲げられ、降りかかってくる剣を、後ろにスッテプし、軽く避けると、少年は、そのまま勢いを利用するように前に転がり込む。
そして、男たちの間合いに入ると、そのまま、剣を真上に向け、心臓がある左胸に、突き立てた。

一人、また一人と、その命が終わっていく。
少年の剣によって、一つの物語が終わっていく。
そして、最後に少年は、奴隷たちを縛っていた綱を、その剣で引き裂いた。


「こんな生に、Moiraに、抗えるというなら、剣を取る覚悟があるというなら、私と共に来るがいい」


縛られた生に、自由を、未来を。
そう少年は、言葉を投げると、剣を鞘に戻し、踵を返して道を進む。

「ど、どうするの、扇さん!」
「いや、そんな事言われても…あ、おい、玉城!」
「行くしかねーだろ!おい、待ってくれよ!」

呆然としていた奴隷たちは、けれどもすぐに、その後ろ姿を、追いかけた。





その後、全ての生に自由と明日を、と、奴隷たちによって統べられた軍が、できあがる。
その軍は、瞬く間に拡大し、そして、世界を挟んで闘っていたブリタニアと日本の間に、新たなる勢力として、その力を振るい始めた。
奴隷を使い鉄壁の壁で守り抜くブリタニア。
奴隷を戦力として使い戦う日本。
そして、どの勢力にも属さない、全ての破壊と創造を掲げる、奴隷達の軍。

瞬時に巨大勢力として名を馳せたその軍は、やがて、奴隷達の証として纏う服の色から、そして世界に対する皮肉を込めて、黒の騎士団と、呼ばれるようになる。
その騎士団をたった一人で統べるのは、紅色の瞳を持つ、少年、だった。











喜劇でも悲劇でもない、ただの、復讐劇
(許さない。許さない許さない、こんな世界、許すものか)







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あきゅろす。
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