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あいされる人形







果たして、結果、世界は、運命は、彼らに微笑んだのだろうか。






深い闇の中で、黒を纏う騎士は、溜息をつく。
そして、見ていた本を本棚に戻すと、その背表紙を、ゆっくりと撫でた。
歴史は改ざんを許さない。
運命の女神には抗えない。
生を与える母に自分はあまりに無力で。
掌の中で、ほんのりと、小さな光が燈されている。
淡い光。命の光。
他に道はなかったのかと、騎士は考えたけれども、どの世界とも切り離された、ただの人形である騎士には、たとえ、他の道があったとしても、その道を示すことはできないのだ。

「…どうだった?その世界の話は」
「陛下、すみません、今、お持ちします」

ふと、後ろからかけられた声。
ぱっと振り向くと、そこには、暗闇には似合わない白い衣装を身にまとう、騎士の主。
その姿は、今まで、騎士が読んでいた物語の人物と、よく、似ていた。
とっさに、騎士は手に持っていた光を隠して、本棚に目を向け、主に頼まれていた本を探す。
けれども、騎士の主の方が、目当ての本を探し出すのが早かったのか、騎士の頬を掠めるように、手を伸ばし、彼は、双子座の本を取った。
そして、彼は、騎士の名を呼ぶ。
呼ばれた騎士は、少し、戸惑ったように、不安げに瞳を揺らして、彼の前に膝をつき、頭を垂れる。
けれども、やはり、騎士の手は、光を隠したまま。

「スザク」
「なんでしょうか、陛下」
「それを渡せ」
「…なんのことか、わかりません」

騎士は、優しく降り注ぐ命に、否と頭を横に振る。
在るはずもない騎士の心臓が、痛いと錯覚するように、動いた気が、した。
ぎゅ、と、握りしめる光が、掌の中から、零れる。
あ、と、騎士が声をあげ、あわてて集めようとすると、その前に、白くて細い腕がその光にのびて、淡い紫の光を抱くそれは、小さく揺れて、冥府の王の掌に消えた。

「いいか、スザク。決して、歴史に改ざんしてはいけない」
「でも!でも、それでは、彼らが、あまりにも哀れです。Moiraに、玩具として、扱われたまま、だなん、て、」

顔をあげず、けれども、王に対して初めてともいえる反論を返した騎士に、彼の主は、かすかに目を見開いた。
まだ幼い人形が、ゆっくりと、感情を持ち始めている。
そうやって、己を形成し、そうして、この騎士もまた、他の人形のように自分の元から離れていくのだろうかと、暗闇に生きる王は、瞳を伏せた。
けれども、彼は、全てを愛するから、そっと、黒を纏う騎士の頬に手をあてる。

「歴史は改ざんを許さない。たとえ、一つの惨劇という歴史に平伏すことが決まっていても、その運命から逃れられたとしても、その事実は、すでに他の運命によって決められているんだ」

ゆっくりと、言い聞かせるように、王は、言葉を紡いでいく。
わかるか、と、優しく言えば、騎士は、小さな声で、はい、と、答える。

「いい子だ、スザク。頭が悪くないやつは嫌いじゃない」
「…陛下は、僕をあいしていますか?」
「あぁ、あいしているとも。だから、お仕置き、だ」
「おし、おき」

ちゅ、と、騎士の頬に、王は口付ける。
そして、本棚から、さっきまで騎士が読んでいた本を取ると、それを、騎士に渡す。
ゆるゆると視線をあげた騎士は、問いかけるように、己の王を、見つめる。
そんな騎士に、王は、自らその視線を合わせるために膝をつくと、ぎゅ、と、彼を抱きしめた。

「しばらくここにいろ。そして、その物語を読むんだ」
「嫌です、陛下、嫌です」
「命令だ、スザク。そして、勝手に物語に介入した罰だ」

嫌だと嘆く騎士を抱きしめて、そして王は離れる。
騎士はただ、王の命にしたがうしかなく、ただ、本を抱きしめて、訴える。
置いていかないで、一人にしないで、と。
その言葉を耳にしながら、王は、小さな書庫を出た。






「やっぱりあいつにはまだ早い。そして相変わらず、甘いな、おまえは」
「そうか?だが…スザクには、やはり無理だな。あいつは優しすぎる」





誰もいない広間の玉座に、王は座る。
手には、淡い薄紫の光が一つ。
指先で遊ぶようにいじるその姿に、黒の衣装を身にまとう魔女は、呆れたように溜息をついた。

「大方、おれと同じ顔をしたこの子がMoiraに遊ばれていたのが耐えられなくなったんだろう」
「相変わらずお前はMoiraに好かれているな」
「あの人は、女神でありおれの母であるからな。愛されている自信はないが」
「Moiraは変わり者だ。あれが、最大限の愛し方なんだよ」

広間には、悲鳴が響く。
天と地の挟間から落ちてくる、悲鳴。
苦しみに耐える声も、悲しみに嘆く声も。

「で、書庫で泣いてるあいつと同じ顔をした哀れな騎士さまは愛してやらないのか?」

ふ、と、王が光を掌で撫でると、光は形を変える。
ふわり、と、王の膝に泣きつくように現れた姿は、王と同じ顔、同じ姿、同じ服。
ただ違うのは、王は真っ白な衣装を身にまとっているのに、少年の服は、同じ服でも、中心が、赤く染まっていた。
王は知っている。
自分と同じ顔の少年に何があったのか。
そっと、自分の膝に埋もれる少年の髪を撫でると、王は、困ったように、魔女へと視線を向けた。


「お仕置き、だから、な」


あいして、と、本の中と外で、騎士は泣き続けた。










例えば運命から逃れられたとしても
(生き続ける、それが、お前への)(お仕置き、だよ)






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あきゅろす。
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