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∞陰陽道探究∞
平安京と天皇(4)

古代エジプトの神官は
不可侵の権威をもちて
ミノア文明の王は生け贄
の儀式で神の役を演じて、
シャーマンであった
卑弥呼は一国の女王に
伸し上がった。

それらは、すべてが
古代社会においては霊力
と権力が渾然一体
(こんぜんいったい)と
なっていたことを
物語っている。


そして陰陽師が平安朝の
陰の権力者となった理由
は、まさにそこにありま
した。
霊力の大切な役割の意味
を証明しています。


日本書紀には、大和朝の
斉明(さいめい)女帝が
旱魃(かんばつ)のさなか
に雨乞いの神事を仕切り
みごとに大雨をもたらし
たという記述がある。


天文と暦で国の吉凶を
占った陰陽師は
天候予測のスペシャリスト
でもあった。

よって、有能な陰陽師を
抱えた天皇は、雨が降り
そうな日を選んで雨乞い
や、地震や台風などの
災害を予言することも
できた。


もし、それらがみごとに
当たれば、天皇の権威は
政治の実権を握る
高官たちを圧倒すること
にもなったのです。

その反面、霊力不足の
烙印を押された天皇は
それは悲惨なものだった。

そして陰陽師が平安朝の
陰の権力者となった
理由はここにありました
から

華麗にして優美な王朝の
文化の底には動物的な
原始の精神が流れていて

その原始の精神が
彗星と洪水、日蝕と内乱
鳥の群れとあらゆる自然
と…人間との運不運の
シンクロを見つめる目が
ありました。


それは陰陽師が怨霊や
悪霊祓いのスペシャリスト
であったという点だけで
語れるものでもありません

たとえば阿倍晴明は
自分の霊魂の力をモノに
吹き込んで

モノは紙や木や葉など
にもなります。

式神として自在に
使役した
そして天変地異を、
ことごとく的中させて、
ときには防衛などにも
役立たせましたから


それも自分の霊魂を離脱
させるという点で、
まさに現世と冥界(霊界)
を行き来する術といえます

現代人の知では理解は
できないであろうし
妄想、錯覚、気の迷いと
受け取ってしまうのが
当りでしょうから…


目に見える物質的な存在
しかみてない現代人には
理解できない部分であろう


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あきゅろす。
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