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穏やかな獣‖現代佐黒幸

赤頭巾は、狼を恐れては居なかった。







穏やかな獣







青臭い臭い、錆の臭い、生臭い臭いが酷く鼻につく。


「もう、大丈夫だよ」

そう言って笑った佐助の回りには、生きているのか死んでいるのか解らない人間が倒れていた。

「……」

カラン、と佐助は不自然にねじ曲がったバットを捨てた。

「ごめんね。怖かった?」

幸村は小さく首を横に振った。

「立てる?」

労る様に頬に触れると、ずるりと滑った。

「あ、」

手の皮が酷く剥けていた。へしゃげる迄バットを酷使し、人間を殴り続けた為だろう。

「ごめん、幸村」

慌てて手を離そうとしたが、幸村は其の手を掴んだ。

「いい」

幸村は抑揚の無い声でそう言うと、べろり、と佐助の手を舐めた。

「…駄目だよ、幸村。」

抗えない、抗いたい。

「ああそうだな。お前は俺の犬だもんな、佐助。」

幸村は含ませたように笑いって、佐助の手を引いて跪かせた。

「そうだよ。だから、」

「五月蝿い。犬なら、言うこと聞け。」

べろり、と熱い舌が這う。

傷口に舌が押し当てられ、ピリピリと痛む。

「…ねー幸村、なんでこんな事するの?」

血の止まった掌に緩く歯をたてながら、幸村は僅かに首を傾げた。

「なんで、自分から輪姦されんのかって聞いてるの」

居場所だけ伝えて、後はお楽しみ。
こんな事が、何度か続いている。

「別に、こんな事しなくても、俺は離れたりしないよ。」

「……」

試すように見詰める幸村の眼は、暗く、底冷えするような冷たさがあった。

「好きだよ。幸村。」

佐助がそう言うが早いか、幸村は、がり、と傷口の皮を噛みきった。

「嘘、だ」

つ、と鮮血が滲み、指先を伝う。

「うん、嘘。愛してる。」

幸村は満足気に頷くと再び掌に唇を寄せた。

傷口を広げようとしているんだなと思ったが、佐助は止めようとしなかった。

「痛いか?」

「別に」

幸村は口元に血を付けながら、痛くないのかと呟いた。

「あとさぁ、こいつら手加減出来なかった一人くらい死んでるかも。」

「そうか」

大した興味も無さそうに幸村はそう言った。

「多分、何時か幸村の事も、殺しちゃうよ」

佐助が表情一つ変えずにそう言うと、幸村は口角を吊り上げた。

「おあずけ、だ」

今まで舌を這わせていた佐助の手を引寄せ、血と唾液の混ざった指先を自らの首元に絡ませた。

「お前のような忠犬でも、我慢出来んか?」

「幸村が駄目って云うなら、しないよ。」

親指で喉仏をなぞると、柔らかく押した。

「だから、さ。正気の内に、逃げてね。」


俺が、と謂う言葉を言わずに佐助はそっと手を離した。







食べてしまうよ、だから速く、逃げなと狼は小さく呟きました。

しかし赤頭巾は柔らかい手を差し出し、狼の悲しい優しさに身を委ねたのでした。


end

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あきゅろす。
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