花明かり‖夜道に浮かぶ桜*
私は見慣れた夜道に違和感を感じ、ノロノロと顔を上げた。
「…桜、咲いてる」
私の視線を追って、彼女は、あ、と短く声を上げた。
「本当。良く気付いたわね。」
彼女は垂れた枝に触れ、ジッと花を見詰めた。
「あー…、花明かりっていうの?周りが少し明るくなってる…」
だから気が付いた、と言うと、彼女は納得したように頷いた。
「白いから月を反射してるのね。」
八分咲きの桜に愛しそうに触れる彼女に、私はこっそり顔を顰めた。
「…暗い中浮いちゃってまー、」
「綺麗?」
うふふ、と私の言葉を先取ろうと、彼女は桜の花弁に触れながら微笑った。
「…騒がしい、かな」
私は風流もない自分の言葉に苦笑して、咥えていただけの煙草に火をつけた。
「タールが重いだけの煙草なんて何が良いのよ。」
「るっせ。…餓鬼にゃわからん。」
ふ、と紫煙を桜の細枝に吹き掛けた。
紫煙はくゆりながら枝に絡まるような動きをして、夜闇に溶けていった。
「何が餓鬼よ。同年代(タメ)じゃない。」
「そうだっけ?」
惚けた私に彼女はそうよと強い語調で言った。
「非行少女」
ふふん、と彼女は笑う。
「手前(てめ)ぇを売ってる奴に云われたくないね」
私も不敵に笑う。
「あらやだ、資本主義の最先端よ。需要供給のバランスって素晴らしいでしょ。」
悪びれなく言う彼女に、私は軽く肩を竦めた。
「ワォ、一本とられた。…ま、人類で最も最初に始まった仕事が娼婦とも云うしね。」
ぶちり、と桜の花弁を毟り、私は指先で弄んだ。
「崇高なる仕事だよ…全く。」
弄んでぐちゃぐちゃになった脆い花弁を捨てて、私は歩き出した。
「うふふ、貴女のそう言うところ、好きよ。」
「アリガト。アイシテル。」
「やーん、其の言い方愛がないわ。」
もう一回、と彼女はねだった。
「あー…」
「たまには言ってよ」
「んー…」
「はいせーの!…言って言って!」
猫のようにするりと腕を絡ませた彼女を振り払う気力もなく、煙草の最後の一息を吸った。
「───私、死んでも良いわ」
煙と一緒に吐き出した言葉に、一瞬の間を置いてから、彼女の腕が強く絡んだ。
「…痛てーよ。」
「回りくどいけど、許してあげるわ。私そう言うの嫌いじゃないから。」
彼女の強がったような照れたような上目線の言葉に、私は苦笑を隠しきれなかった。
「さいですか…」
そして身体を寄せる彼女に、スキンシップの苦手な私はやや辟易したように続けた。
「もうちょっと節度ある距離を保たないかい?」
「此れくらいが一番よ。」
「ま…、同一体ではないんだから価値観が違っても当たり前か。」
「一々難しい事考えてるとこも好きよ。」
「……はいはい。そりゃドーモ。」
私は二本目の煙草に火をつけて、ゆっくりと花明かりに滲む夜道を進んでいった。
end
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