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死体と眠る‖ヤツは本当に恋人を殺した

相談がある、と短く告げられ、そんな気もなかったのだがヤツは勝手に話し始めた。

(強引なヤツ…)

ヤツは老いていく恋人を見るのが耐えられないと言った。

(自然の摂理に文句を付けてもなぁ。)

だったら別れてしまえば良いと言ったら、涙を滲ませながら愛してるんだと言った。

(まるで妄執だ)

面倒になって、では殺せばいいと言った。

(殺せば相手の時間はうつくしいまま永遠に止まる。…もう二度と、動かないけどな。)

そしたらなんとヤツは本当に恋人を殺した。

(なんてこったコイツ本当にイカれてやがった!)

しかし、今度は腐っていく恋人を見るのが怖いと言った。

(コイツとことん自然の摂理を理解してねぇ)

じゃあくれ、と言ったら彼は柔らかな棺に詰められた恋人を差し出してきた。

(イカれたやつだけど、趣味は良い)

ヤツの恋人は未だ腐り始めてはいなかった。

うつくしい死体だった。

ヤツが別れを惜しみ、泣きながら帰ると、僕は直ぐに死体の身体に慎重に触れた。

(冷たい。其れに少し、芯があるみたいに、固い。)

ヤツは如何やら恋人を失血死させたらしい。

両足首に穴があいており、恐らく其処から血抜きをしたのだろうと考えられた。

(ふん、上手い殺し方だ。)

死体を一旦棺から出し、柔らかな布の下に保冷剤を敷き詰める。

死体と衣服の間には乾燥剤を入れ、再び死体を棺の中に戻した。

(冷たい、な)

僕は酷く安らかな気分だった。

そして此の死体が腐り始めたら、ばらばらにして山茶花の苗と一緒に埋めようと思っていた。

だけど、一向に死体は腐らなかった。

僕は直ぐに使えるようにしておいたスコップを、納屋の奥に戻した。

(うつくしい死体は腐らないのか)

もっと単純に、死体が死蝋化しているとは理解出来ていたが、そう思いたかった。

時間の止まった身体は自らの老廃物で汚れることはないのだが、髪が少しパサついていた。

僕は丁寧にオイルを死体の髪に塗った。

(若し、此の死体が生きていたら、───僕を愛しただろうか。)

僕は時折こんな風に考えるようになっていた。

つまり僕は───死体に恋をした、と云うことだ。

死体との生活は実に有意義であったが、少し寒いのが難点であった。

数日して、ヤツが来た。

僕はヤツと死体を会わせるのが厭で、彼の死体は腐ったから山茶花と一緒に埋めたと嘘を吐いた。

ヤツは泣きながら納得した。

(当然だ。コイツは死体を───恋人を見放したんだから。)

僕は笑いを堪えるのに必死で、ヤツの変化に気付く事は出来なかった。





数日後、ヤツは死んだ。

自殺だった。

恋人への熱い想いを綴った手紙を残して、ヤツは死んだ。

みんな泣きながらヤツの死を納得した。

(あ、デジャヴ)

法律に則って、ヤツは火葬された。

そして分厚い銀色の扉の向こうで、ヤツは灰になった。

(イカれてたけど、厭なヤツじゃなかったな。好きでも無かったけど。)

喪服を脱いで、僕は死体に眼を向ける。

相変わらずうつくしいまま、二度と開かない目蓋が確りと閉じられていた。

(───羨ましくなんて、ない。)

僕は小さく頭(かぶり)を振った。

死んでしまいたいと思うに程に、誰かを愛せるなんて、恐ろしい。

───否、違うな。

(僕は、誰かを愛する事が恐ろしいんだ)

ヤツの様に僕も何時か愛情で人を殺すのだろうか。

(僕は、…今は死体と居れたら良い)

冷たい棺に詰められた死体は、少し微笑んで居るように見えた。



生きている僕は今日も、死体と眠る。



end


あきゅろす。
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