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幻と現‖幻は何処までも美しく現実は何処までも醜い#

僕は蒼の美しい湖の前に立っていた。

静寂が包み込む此の場所では、風が吹いても葉の擦れあう小さな音だけが響いた。

僕は花を持ち、足首まで湖に浸かってから足元に花をばら蒔いた。



僕の足元には女性の死体。



真ッ赤な唇に着乱れた着物が酷く倒錯的である。

葦の葉の緑が彼女の赤さに対照的で彼女を余計に鮮やかに彩った。


僕は彼女の姿を脳裏に焼き付ける。


湖の蒼さが空を映しながら、彼女の緑髪をゆらゆらと揺らめかせた。


触れる事を躊躇う程に、只美しい。


僕は彼女を見下ろしたまま動く事が出来ない。

そして彼女もまた、二度と動く事が出来ない。

「其れは幸福な事だろう?人間は醜い。」

「───お前も人間じやないか。」

水音を立てないように、僕はゆっくりと振り向いた。

「黙れクズ。お前になんか話しかけていない。」

突然の無粋な闖入者に僕は不快感を隠さなかった。

「変態にクズとまで謂われるとは思わなかった。」

僕は事実其の通りなので肩を竦めた。

「何か用?僕は彼女と現実逃避したいんだけど。」

「別にィ。只なんとなく、お前が死んだりしないかなァ、と。」

「笑えないジョークだね。僕には彼女の肉体の側に未だ居たい。」

「そんなに良イ女かね。此れは。」

彼は柳眉を少し歪めて彼女を見た。

「君は僕より長く彼女を見てきたから解らないんだろう。彼女は今が一番美しいよ。」

彼女の美しさを理解出来ないと言うなら、僕は彼を理解出来ない。

「其れに僕が死ぬとしたら彼女の隣であるけど、僕が彼女の風景の一部に成ることは余りにも烏滸がまし過ぎる。」

淡々と言い放った僕に、彼はクスクスと笑った。

「じゃーさァ、俺の隣で死ねば良いじゃん?」

彼は無遠慮に湖を波立たせながら僕に近付き、唇を重ねた。

「悪くない提案だ。僕は君の美しさは評価している。君に殺されるのは悪くない。」

本当に君は喋らなければ良いのに、と僕が呟くと、彼は盛大に笑った。

下品である。

「あァそ。腹上死でいい?俺も天国イッちゃいたい。」

さらさらとした彼の緑髪が僕の頬に触れる。

「死ね、クズ。」

「有り難う、性的倒錯者」

本当に、喋らなければ良いのに。

「もう今から死のう。腹上死。」

彼は僕の手を引っ張り、湖から離れさせた。

「殺さない癖に。」

「はは、お前にあう殺し方が中中見付かんないからさァ」

其れまで死後を疑似体験しようと僕の頸筋に舌を這わせた。

「莫迦莫迦しい」

僕はうんざりとしながらも、面倒臭さも相まって彼の行動を咎めたりはしなかった。

頭が真っ白になる死の疑似体験は嫌いじゃない。

彼女とは出来なかった事でもあるのだし。

いや、彼女はそんな対象にしてはいけない。

僕が触れていい「彼女」は、「彼」だけである。

「───あ」

突然、僕の思考を打ち消すかのように彼は立ち止まった。

「なんだ?」

「んー」

彼は曖昧に相槌を打って、少し後ろを振り返って彼女を見た。


そして大した感情も込めずに小さく呟いた。





「バイバイ、姉さん。」





end


あきゅろす。
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