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不確定性原理‖私が、決めた*

不確定性原理




彼女が、上腕骨が入りそうな大きさをした箱を大切にするようになった。

「其れは、何?」

「何だと思う?」

「木箱」

「そうだね。」

くすくすと彼女は笑って、長い指で箱を撫でた。

「ごめん。中身のが気になります。」

「うふふ。なんだと思う?」

彼女は言わない。私は瞬時に理解した。

「わかんね」

成らば考えても無駄だとばかりに私は箱に手を伸ばした。

「駄目よ」

彼女は素早くベチッ、と私の手を叩き、乾いた音を響かせた。

「痛いじゃないか」

「触っては、駄目。」

私は大袈裟に手の甲を撫でながら、じぃ、と其れを見詰めた。

「うふふ。なんだと思っているの?」

「だから───」

わからない、と云う言葉を遮り彼女は箱を私の目の前に置いた。

「不確定性原理、と云う言葉を知って居る?」

「ああ、うん。シュレティンガーの猫の…アレだよね。」

箱、と言う繋がりだけで言って仕舞ったのはマズかったか、と思ったが、案の定、彼女は苦笑を浮かべた。

「まぁ、元を辿れば同じ其れは量子論だけれど…其は思考実験よ。」

彼女は丁寧に説明しながら目の前の箱をつついた。

「不確定性原理って言うのはね、物質の状態は常に決まって居るわけではなく、観測される事によって初めて決定されるという考え方のことよ。」

「つまり?」

「簡単に言ったら…、此の箱の中を貴女は知らない。だからこそ貴女の考え、想像で此の箱の中身が決定すると言うことよ。」

「…何者かがソレを観測した瞬間、あらゆる可能性の中から一つの状態が確定する」

「素直に見たいって言いなさいよ。」

「言ったら見せてくれるの?」

「嫌。」

ほらね、と私は彼女を睨んだ。

「うふふ、見せる事は出来ないけれど、不確定性原理に則って、貴女が中身を決めると良いわ。」

「……」

うふふ、と黙りこくった私に彼女は相変わらず笑いかけた。

「───蠱」

「こ?」

ボソリと呟いた私の言葉に、彼女は首を傾げた。

「そう、蠱惑の、蠱」

「こわく…蠱惑的とかああ、魅力的って、意味?」

今度は私が苦笑した。

「理系なンだね。」

「文系でないことは確かね。」

拗ねた様に彼女は唇を尖らせた。

「…蠱って云うのはね、古来中国で虫を同じ箱に入れて密閉。そうして、暫く放っておくの。」

まぁ、密閉って言っても完璧ではないけれど、と理系の彼女の為に前置きした。

「そうすると、虫達は互いに喰いあい、結果的に一番強い虫だけが生き残る。そうして出来た蟲を蠱と呼び、呪術に使っていたんだ。」

「…そう」

私は彼女に「非科学的だ」と言われると思って居たが、意外にも彼女は何も言わなかった。

「其の蟲が完成したならば、貴女は何を呪うの?」

「そうだなぁ。じゃ、私を呪い殺してよ。箱の持ち主は君だ。つまり、呪者も君だからね。」

うひひ、と変な笑い声を上げるが、彼女はそう、と短く呟くだけだった。

「?如何したの。君らしくない。」

死にたがる私を嗤ってよ。

「そう?…そうね。」

それでも、彼女は曖昧に微笑んだきりだった。

「…?」

彼女は少し変わっていると、私は思う。

彼女に言わせたら私の方がよっぽど変らしいが。

「呪いについてのハゥトゥ本ってあったかしら?」

彼女の好奇心が擽られたのか、突然その様な事を言い出した。

「あぁ…其れなら歴史とか民俗学の所にあった気がするよ。」

彼女はありがとうと短く呟いて、箱を抱いて立ち上がった。

其の刹那、



ズ、ズ、ズ



と、重たい塊の様なものが動く音がした。

「…え?」

弾かれた様に顔を上げた私を見ずに、彼女は行ってしまった。



───少し重そうになった箱を抱えて。



(嗚呼、私が決めて仕舞ったのか)


私は揺れる彼女の後ろ姿を見詰めた。



(君なら、私を)






end


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