どこにもない‖現# 日常の隅っこに死の臭い 佐幸
どこにもない
埃っぽい土の匂いに紛れて、生臭い人間の臭いが混じった。
佐助はゆっくりと、頚に巻き付けていた手を放した。
支えを失った其れは、崩れる様に地面に落ちた。
「もしもーし。…って、死んじゃったか」
佐助は面倒臭そうに爪先で小突いて、仰向けにした。
(あーあ、無駄に殺ったら大将に怒られるじゃん)
気絶させるつもりだったのに、思わず殺して仕舞った。
(仕方ないな…)
ぼんやりとしていても仕様がない。
荷物を纏めて、ぐにゃりと重い、有機的な臭いのする物体を引き摺った。
ざり、ざり、ざり
布の擦れる音が、酷く響いた。
(重い)
結局引き摺るのも面倒になって、
関節を外して、無理矢理トランクに詰めた。
(もー早く帰りたい。旦那ちゃんと寝たかな…)
念入りにトランクを拭き、車に乗せた。
(あー如何やって棄てるかね……)
郊外に出て、鎌之助を呼び出した。
「又殺したんですか。」
少し早く着いて居た鎌之助は、呆れた様に肩を竦めた。
「こいつの頚が柔すぎただけだって。」
飄々と答えて、はい、とトランクを放った。
「っと、知らないですよ、信玄様に怒られたって。」
「しょーがないでしょ。殺ったもんは、さ。」
「そりゃそーですけどね」
鎌之助はトランクを軽々と担いで自分の車に乗せた。
「───なぁ、鎌之助」
「何か?」
「うん、臭わない?」
「俺が?」
「いや、ホトケさん。」
佐助は、自分の手の臭いを嗅いだ。
「───…別に臭わないですけど…。気になるなら洗った方が。臭いは極力残さない方が良いですしね。」
幸村様の為に、と小声で付け足した。
「…そだね」
「───で?如何して棄てるんですか。埋める?それとも、沈める?」
「埋める。」
「了解。ああかったるいです。」
大して気にもしない様子で、鎌之助は車に乗り込んだ。
「───悪いね」
走り去る車の音を聞きながら、有機的な腐敗臭を感じた。
**
「ただいま。」
足音を立てずに、静かに廊下を歩く。
(旦那、寝ちゃったかな。…まぁ寝てた方が良いんだけど。)
時刻はもう明け方近い。
旦那のお弁当だけでも作ろうと台所に向かうが、ふと、べったりと染み付いた臭いを思い出した。
(……)
忍の嗅覚が鋭いのは、自分でも解っている。
気のせいだと言って仕舞えば其れ迄の僅かな臭い。
(洗っとこ…)
踵を返して、洗面所に向かった。
冷たい水と、石鹸の泡。
何度も何度も洗い落とす。
(……落ちてない、気がする)
石鹸の匂いで無理矢理押し込めた様だ。
(これ以上落ちないだろうしな…まぁ良いか)
手を拭いて、再び台所に立つ。
炊飯器をセットして、タッパーに入った惣菜を弁当箱に移し代える。
(オカン…)
ははー、と力無く笑って、温めて、と書いた紙を貼り付ける。
一息付いて、自室に向かう。
深くは眠らない。
ほんの少しの休み。
壁一枚、指先で触れて、
(お休み、旦那)
死の臭いが、鼻孔をくすぐった。
**
起きろと言われた気がした。
眼を開けたら、幻聴だった。
未だ少し臭う気がして、
少しうんざりして仕舞うが、ぼんやりとするのは嫌いだ。
机に向かって、適当に大学の資料を捲る。
ココも憶えたソコも憶えた。
はぁー、と机に突っ伏してみるが、結局眠る気にも成れずに、ちらりと時計を見た。
(旦那帰って来る時間かなー…)
身体を起こして、台所に向かう。
(…カレーライス。はい、決定。)
佐助の気分で夕食は決まる。
メニューが決まれば、手際よく調理を進める。
基本煮るだけなので、非常に楽な料理だ。
煮るにしても、圧力鍋で暫く置けば、簡単に火が通る。
あっと云う間に出来て仕舞うのが、この料理の良いところだ。
菜箸を置いて、冷蔵庫の中身を確認してから、
(んー…旦那迎えに行こうかな)
と身体を伸ばした。
じわりじわりと陽が滲む。
影が伸びる。
曖昧な時間。
逢魔時。
赤く染まる身体。
まるで茜色の鮮血。
腐敗臭───
(……)
遠くから声が聞こえる。
はっと、顔を上げて、思わず苦笑した。
(騒がしいなぁ)
くく、と笑って、
正面から歩いて来る幸村に手を振ってみる。
「───佐助っ!」
一緒に居た政宗と慶次に別れを告げて、こちらに向かって走って来た。
「行こ」
幸村の持っていたスポーツバッグをさりげなく受け取って、佐助は踵を反した。
「うむっ、すまぬな!」
「いーよ。部活、大変だったでしょ?」
「佐助こそ、昨日は随分遅かったな。バイトとやら、…大丈夫か?」
「…んー、まぁね。鎌之助も居たし…、俺様優秀だから。」
「そうか…御館様もお褒め下さるだろう!」
自分の事の様に嬉しそうに笑う幸村につられて、佐助も破顔した。
「鎌之助か───久しぶりに皆に会いたいものだな。」
「…そーだね。あ、其れよりさ、今日、カレーだよ。」
「真か!」
ぱっ、と顔を上げて、子供の様にはしゃぐ。
「そんな嬉しそーな顔しないでよ。只のカレーなんだから。」
「美味いものは美味い!だから、良いのだ!」
「っ、もー」
他愛ない会話をして、帰路につく。
君の為なら
どんな嘘でも吐くよ
あれだけべっとりと付いていた腐敗臭は、
何時の間にか消えていた。
end?
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