やさしいけもの‖佐幸 薄暗い
つん、とけものの匂いが漂った。
多分本当は、こんなに匂いはしないのだろう。
只酷く濃く、其の気配を感じるのだ。
「───佐助」
ことん、と武器を置く音がした。
要らぬ礼儀を……
けものの匂いが動いた。
「旦那、未だ寝てなかったの?───もう、駄目でしょ。」
すぅっと開いた障子から、橙色のけものの顔が覗いた。
ね、と微笑んで、佐助は揺れる蝋燭を吹き消した。
月光に照らされたけものの影は、全てを喰らう其れに似ていた。
「随分早かったな。」
密命か、と思ったが、違う様だった。
「俺様優秀だから。」
あぁきっと、此のけものは笑って居るだろう。
「御館様の処には行ったのか?」
俺は長い己の髪を避け、蒲団に潜り込んだ。
「あ、早く旦那に会いたくて忘れてちゃってたよ」
佐助はさらっと言って、蒲団を整えていた。
「な…、何を破廉恥な…!」
かぁ、と頬に熱が集まって、薄闇に慣れた眼に捉えられて仕舞うのでは無いかと、慌てて隠した。
「嘘だよ。もー可愛いんだから。」
ずる、と鐵の爪の付いた手袋を外して、愛しそうに幸村の頭を撫でた。
「全部、終わったよ」
微笑んだ口元が、切なくて。
───けものの匂いとは、柔らかい死の匂いなのだろう。
嗚呼何時か、何時か此のやさしいけものに───
(喰われて仕舞うのだ)
end
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