飽和する木箱‖木箱に閉じ込められた 家→三
大阪城の一角に、各国の地図等を納めた機密性の高い蔵がある。
豊臣の支柱である家康と三成は、其の蔵の中で捜し物を捜していた。
「なー三成、お前ちゃんと食べてるのか?」
珍しく袴を着た家康は、三成の華奢な肩を掴んだ。
「食う食わぬに頓着していられる程私は暇じゃない。」
家康の手を振り払い、じろりと睨んだ。
「今は奥州の地形が記された巻物を探す時間だ。半兵衛様直々のお申し付けに従えないのなら貴様を殲滅する。」
帯刀していないものの物騒な物言いをする三成をさして気にとめた様子もなく、家康は肩を竦めた。
「しかしなぁ。半兵衛も心配していたし…」
「は、半兵衛様が!」
パッと急に立ち上がった三成に、家康は驚いて仰け反った。
「わ、わ、わっ」
其れによってバランスを崩した家康は、思わず三成の腕を掴んだ。
「え」
「な…っ」
───しかし、あまりの三成の軽さに、其のまま二人で盛大に引っくり返った。
「うわぁっ」
なんとか三成を庇おうと後ろを確認せずに受け身をとると、開けっ放しにしてあった木箱の中に倒れ込んだ。
「ぐ…」
家康の足が当たって蓋が閉まった途端、ガチャン、と不吉な音がした。
「…っ痛ぅ」
受け身は取れたものの、あちこちぶつけた様で、家康は少し顔を顰めた。
「すまん、大丈夫か」
「あ、あぁ…何とか…」
身体を起こそうとしてみるが、がたんと音がして思うように身体が動かない。
「なぁ、三成…」
「……なんだ」
三成は答えながらもぐいぐいと木箱の蓋を押している。
動かない。
「…ワシら、若しかしなくても、…閉じ込められたか。」
「……不本意だが、その様だな。」
三成の困ったような呆れたような表情に、家康は参ったなぁと呟いた。
「…三成、キツくないか。」
「あぁ。逆だったら、圧死していただろうがな。」
家康は仰向けに、三成は其の胸にしなだれかかるような体制であった。
「…うん、逆だったら色々まずかったな。」
「?」
気にするな、と家康は三成の腰に無意識に手を回していたことに気が付いた。
「うぉっ、すま…」
「?…別に構わんぞ。気にしてはいない。」
必然的に上目遣いになる三成に、家康は箱の中が薄暗くて本当に良かったと思っていた。
(いかん、顔が、熱い。)
「家康?如何した。変に首を反らすと痛めるぞ。」
「お、おう。そうだな。」
そう言われても、触れる手だとか温もりだとか───攻め来る煩悩に、家康は青年としては珍しい抵抗力をみせていた。
「しかし頑丈な身体だな。怪我はないか。」
「な、無い。と思うぞ。勿論節々は痛むが…其れは三成もだろう?」
「私はそうでもない。家康、お前が庇ってくれたからな。」
そう言った後に、ふ、と三成の表情が緩んだのが解った。
「!───そ…そうか。なら良かった。」
家康は、ははと小さく笑って少し眼を逸らした。
(み、三成が優しい。どんな恩赦を貰うよりも嬉しい!)
三成は自分にも他人にも厳しい。
だからこそ、彼の言葉は真っ直ぐで陰りがない。
「…私は…貴様の其の自己犠牲精神を危惧している」
「…え?」
家康は思わず三成に視線を戻す。
気を抜いて居たらしい三成は、戻ってきた視線にびくりと反応した。
「す───少しは自己の事も省(かえり)みろと言っているのだ!」
其れが恥ずかしかったのか、三成は少し語気を荒げてそっぽ向いた。
───可愛い。
「…有り難う、三成!」
ぎゅう、と思わず両腕で抱き締めると、止めんかと怒鳴られた。
(如何しよう、怖さが愛しさを上回ってる)
存分に堪能し終わった頃には、三成はぐったりとしていた。
「大丈夫か?」
「誰の所為だと…」
長い溜め息を吐いた三成に家康は速く此処から出さなければと思い、「よし!」と声を上げた。
「しょうがない、叩き壊すぞ。伏せてろ三成。」
左手で三成の頭を庇うように抱き締めて、ぐ、と拳を握りしめた。
「っ止せ、家康!」
三成は慌てたように構えた家康の腕を押さえた。
「今、防具も何も着けていないだろう。流石のお前でも怪我をする。」
「三成…」
「少し待てば、……誰か見つけてくれる、かも知れん。」
珍しく憶測で結論付けた三成に、家康は首を傾げた。
「らしくないぞ、三成。ワシが壊した方が手っ取り早いだろう?」
そうかも知れないが、と言った後に三成は恥じらいもせずにキッパリと告げた。
「お前だけ傷付く理由は何処にもない。」
家康は、思わず口元が綻んだ。
「───解った。最終手段にしよう。」
「…何が可笑しい」
「いや、」
心配してくれるのが、嬉しかったなんて言ったら、三成は容赦なく殴るだろう。
此の狭い箱の中でも。
「しかし、本当に誰か来るだろうか。…まぁ、待つのは慣れている。三成が耐えられなくなったら言ってくれ。」
「…狸め」
「そう照れるな」
「照れてなどいないッ」
三成が拳を握りしめたところで、がたりと物音がした。
『───!』
ぴたりと二人は動きを止め、耳を澄ませた。
そして其れがただの物音ではないことに、ざり、と蔵に足を踏み入れた音がした。
「む、今日の小生はツイてるな。」
「───! 官兵衛!今すぐ木箱の鍵を開けろ!」
「三成…もうちょっと優しく…」
家康が諭すのとほぼ同時に、官兵衛が反応した。
「げぇッ、き、凶王!何処だ?何処に居る!」
バタバタとあからさまに慌てだした官兵衛に、家康は続けて声をかける。
「官兵衛!一番大きな丹塗りの木箱の中だ。すまんが開けてくれないか。」
「権現?…あぁ、有った。少し待ってろ。」
家康も居ると解ると、官兵衛は幾分落ち着いたように此方へ向かってきた。
そして、ガチャンと音がして、久方ぶりの日光が入り込む。
「遅い」
三成が箱から出ると、家康も続いて箱を出る。
「何の遊びだ、二人して…」
「誰が木箱に閉じ籠って遊ぶか。」
三成は華奢な身体を伸ばしながら、官兵衛に鋭い視線を向けた。
「捜し物をしていたらひっくり返って閉じ込められたんだ。吃驚したよ。」
家康は官兵衛にすまんなぁと苦笑を向けた。
「しかしよくこんな所に来たな。官兵衛も頼まれ事か?」
「…お…おう!小生も頼まれたのだ。」
取り繕うように言った官兵衛に、三成は小さく鼻を鳴らした。
「貴様の事だ、大方地図を盗み見ようとしたのだろう。」
「うっ、しょ、小生は別に偶々…」
「まぁまぁ、三成。折角助けてもらったんだ、不問としようじゃないか。」
「流石権現!柔軟だな!」
「…な、三成。」
許してやろうと家康が云うと、三成は小さく溜め息を吐いた。
「……次はない。」
「三成…!お前さんでも許してくれることがあるんだな!」
家康は思わず視線を逸らした。
(…あーあ…)
「…貴様一言多いぞ」
全く其の通りだったので、家康は三成が振り上げた右手から視線を逸らした。
小気味の良い肌を打つ音と、官兵衛の悲鳴が大阪城内に響くのは、ほぼ同時であった。
end
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