幸福の産声‖如何しても手に入れたかったもの 現#家三
「家康───ッ!貴様ァァァァァッ!」
激昂した三成に名前を呼ばれ、何故か胸の中が暖かいもので一杯になった。
「三成…ッ」
一時は背を預けあった仲であったのに、遠く届かない三成の姿。
そうして仕舞ったのは自分だ。
其れでも彼の思考の奥底まで自分で充たされていると思うと、其れ丈で幸せだった。
後悔は───無い。
愛されるより、憎まれて居る方がよっぽど心を占領出来る。
「ワシの心臓は、此処だ!」
来い、三成!
咆哮と慟哭がせめぎあい、混じりあって魂が奮える。
「答えろ家康!貴様の矛盾と裏切りの訳を!」
雨と涙。
其れでも真っ直ぐに家康を射る視線。
其れは狐のように賢く鶴のように純真で。
「三成…ッ!ワシは…───」
欲張りだ、欲張りだ。
此の手は、最も愛しい人間を殺すために有る。
本当は其の硝子のように繊細な身体を抱き締めたかったのに。
結局───奪ったくせに何も掴めなかった。
其れでも───彼の感情を初めて動かすことができた。
死んでもいい。
最後でいい。
出来れば何処の誰でもなく、自分の事で頭が一杯のまま、逝って欲しい。
嗚呼───欲張りだ。
「ッ…は……」
家康は蒲団をはね除ける様に飛び起きて額に浮かんだ汗を拭った。
指先が小刻みに震えている。
長い溜め息を吐いて、家康は両手で顔を覆った。
(───夢、か…)
まるで自らを苛むように見る遠い過去の夢に、家康は胸の奥に潜む黒い影の姿をまざまざと見せつけられた。
「…如何した、家康。」
ハッとしたように横を向いた家康は、隣で眠そうに目を擦る恋人の銀糸の髪に指を絡めた。
「ん…ちょっと、……怖い夢を見たんだ。」
「子供か、貴様は。」
三成は呆れながらも、身体を起こして、よしよしと背中を撫でた。
「なぁ、三成。………今、幸せか?」
「あぁ、幸せだ。」
家康の躊躇いがちな言葉に、嘘の吐けない三成が即答をした。
「そうか、…ワシも幸せだ」
家康は未だ震えている手で三成の肉薄の身体を抱き締めた。
「?なんだ…夢に怯えるなど、らしくないぞ。」
三成は厭がる素振りも見せずに身体を預けた。
(あんなにも焦がれ、欲していた温もりだ)
取り戻せない過去の自分に語りかける。
随分時間がかかって仕舞ったが、今は手に入れた。
「すまんな、三成…暫くこうしていてくれ。」
「……あぁ。」
泣き出したいくらいの、幸福を。
end
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