いっそ酒乱であってくれ!‖酒は飲んでも呑まれるな!佐幸
「───宴会?」
十蔵が、にこにことしながら、忍には縁の無い事を言い出した。
「そうそう!丁度忍隊が揃うからさぁ!」
佐助は丸薬を丸めていた手を止めたが、再び興味無さそうに視線を戻した。
「…俺様そう言うの苦手。」
げんなりと呟いた佐助に、望月が食い付いた。
「へー意外だなぁ。楽しいじゃん?酒に女にドンチャン騒ぎ!」
まるで戦開けの武士の様な事を言う、と佐助は肩を竦めた。
「…望六、お前は良いよな。ぱっぱらぱーだから。」
「ぱ…俺は俺流で結果出してるでしょうが!」
「そうだな。お前は忍隊一爆弾製造の上手いぱっぱらぱーだよ。」
誉めつつ貶されて、ぶすっと不機嫌そうに顔を顰めた。
「ンだよ、別に酒飲んだって五感鈍んねぇよ」
ぶちぶちと呟くように言っていた望六の後頭部を、スパンと叩いたのは、才蔵だった。
「馬鹿か、お前。五感は少なからず鈍る。訓練すれば致命的にはならないだろうが、な。」
「ってぇーな。大体、俺は火薬の匂いさえかぎ分けられればいいンだよ!」
もっともだな、と才蔵は頷いた。
「ははは、望六殴られ損だなぁ」
海六は指差して笑って、でも酒は良いなぁと呟いた。
「お前もかよ」
呆れた様に佐助が云うと、其れまで黙っていた小助が「宴会、良いんじゃない?」と笑った。
「小助ぇ〜」
或意味最後の砦である小助が賛成に回ってしまうと、佐助は了解を出すしかないのだ。
「戦が無いって、良いねぇ」
くくく、と茶化す様に根津が笑い、佐助はやれやれと溜め息を吐いた。
* * *
「宴会なんて久しぶり」
にこにこと穏やかに笑う小助。
「里内でも、忍同士で集まることは滅多に無いからな。」
心なしか才蔵の言葉にも刺はない。
本当に穏やかな宴会───
「って言いたいんだけどね…何で旦那が此処に要るんですかっ!」
「む?」
「まぁまぁ長、まさか幸村様を仲間外れにするわけにはいかないじゃない。」
発案企画者の望六が、無責任過ぎる笑顔を向けた。
「某が居ては何か不都合か?」
徳利を揺らしながら、幸村はじとっ、とした視線を向けた。
「そーじゃ…ないんですけど…や、おかしいでしょ!旦那がこんなところに居ちゃ!」
場所は忍小屋で、畳薫る様な上等な部屋ではない。
「何を気にしているかは知らぬが…俺の忍だ。誰も何も言うまい。」
「旦那…忍は、武士じゃないんだよ。俺様旦那のそーゆーとこ、今後心配。」
ぐぅ、と唸った幸村に、まぁまぁと小助が仲裁に入った。
「折角来て頂いたのに此処で追い返しては却って失礼というもの。先ずは、呑みましょう?」
佐助は渋面を浮かべながらも頷き、幸村の盃に酒を満たした。
幸村が一口呑むと、皆一斉に盃を傾けた。
(…そこんとこは確りしてるのね)
やれやれ、と佐助は諦めた様に肴をつまんだ。
報告の様な談笑の様な、中途半端にゆったりとした時間の中、元々鼻の利く才蔵や佐助は匂いだけでくらりとしていた。
既に呑み出していた者達は、ほろ酔い、と云ったように僅かに頬を染めていた。
「長、平気か?」
白く濁った盃をけろりとした顔で傾けていた青海は、えずくのを堪えている佐助を不憫に思い、口布を差し出した。
「…ありがと。」
本当に有難い。
今すぐにでも飛び出して清潔な空気を吸いたい。
佐助は小さく呻いて、口布をつけた。
「───佐助は呑まぬのか?」
先程まで十蔵と騒いでいた筈の幸村は、ほんのり頬を染め、佐助の顔を覗き込んできた。
「や、あの…まぁ」
旦那結構呑めるのね、と苦笑すると、幸村はああと嬉しそうに笑った。
「そうか、佐助は酒が呑めぬのか。意外な弱点だな!」
「弱点」、と云うところが妙に強調されている気がして、僅かに頬をひきつらせた。
そしてトドメの様に、伊三が豪快に笑った。
「ははは、猿公に酒は未だ速いか!」
瞬間、うわぁ言っちゃった、と皆佐助から目を逸らした。
案の定、匂いだけで冷静さを欠いた佐助はふっ、と嗤った。
「───黙れ生臭坊主。…やってやろうじゃないの。」
多分佐助は、此の時点で酔っていた。
でなければ、勝てない戦いはしない。
しかし───結果としては、先に酔い潰れたのは伊三の方だったのだが。
「は…ざまーないねぇ」
ふふん、と不敵に笑った佐助の目は、既に据わっていた。
「猿、もう止めろ。これ以上は毒だ。」
この中で唯一素面の才蔵は、乱暴な手付きで佐助から徳利を奪った。
「なぁ…に才蔵、心配、してくれるの?」
「馬鹿か。お前が使いモノにならなくなったら───っ」
ぐるり、と視界が回転して、才蔵は何とか受け身をとったものの、何故佐助に馬乗りされているのか、理解出来なかった。
「……才蔵さぁ」
突然の事に、しん、と静まりかえった部屋の中、佐助の低く、甘ったるい声が響いた。
「よくみると、可愛いよねぇ」
「は…?」
ポカン、と開かれた唇に、佐助は突然口付けた。
「「!!!」」
バタン、と抵抗を試みた才蔵の手はあっさりと封じられ、火照った舌が素面の低い体温と絡みあった。
「っ…」
ガリッ、と不躾に蹂躙する舌に歯を立てるが、痛覚が鈍っているらしく佐助は微動だにしなかった。
「っふ…、」
濃い鉄錆の味がして、噛み切る訳にも行かずに、才蔵は舌を押し返すようにしたが、佐助は其れを絡めとり、強く吸った。
「ん…っ、ゃ…あ…」
止めろ、という言葉が形を成さずに、妙に卑猥に響いた。
「「……」」
間近で忍の舌技を披露され、誰も目を逸らせずにいた。
つぅ、とどちらともつかない唾液が才蔵の首を伝ったところで、漸く佐助は唇を離した。
「ハァッ、ハァッ…」
息を乱した才蔵に対して、佐助はゆっくり顔を上げた。
そして、才蔵から身体を離し、覚束無い足取りで立ち上がった。
そのまま、ふわ、と覆い被さる様にして倒れ込み、一番近くにいた根津が、犠牲になった。
「甚八、」
甘く、気だるそうな声で名前を呼ばれて見開かれていた甚八の目玉を、突然べろり、と舐め上げた。
「ひ、ぃっ───!」
忍らしさの欠片もなく、情けない声にならない悲鳴を上げて、根津はあっさりと腰を抜かした。
そのあとは、「可愛い」を連発しながら舌を愛撫され、才蔵と同じようにぐったりと倒れ込んだ根津を見て、流石に個人に対する其れではなく悪酔いしたためだと解ると、百戦錬磨の筈の勇士は蜘蛛の子を散らす様にして逃げた。
幸村を除いて。
「旦那ぁ…逃げないの?ふふ、捕まえちゃうよ?」
ぺたん、と座り込んだ幸村に視線を合わせて、佐助はニィ、と笑った。
「腰が抜けた。」
キッパリと言い切った幸村は、何とか立ち上がろうと試みたらしく、着物の裾が乱れていた。
「そぉ…可愛いね」
うっとりと表情を崩した佐助に、幸村はうっかり見惚れてしまった。
「ふ、ふふ」
獣のように唇に舌を這わせ、幸村の唇を堪能する。
「う、あぅ、」
「ん…」
陶酔するように舌を絡めて、幸村を悲鳴を飲み込んだ。
「っ…ふ、ぅ…」
震える睫毛に微笑を漏らし、佐助は更に上等な舌技を施した。
苦しい、と佐助の胸を叩いた幸村の手をやんわりと押さえ、僅かに唇を離した。
「はぁ、旦那…」
細い指が、するりと着物の袷に滑りこんできたところで、ゴッ、と鈍い音が響いた。
「!あ…さ…佐助?」
悪酔いも相まって、佐助はあっさりと意識を手放した。
「───終わりです」
にっこりと微笑んだ小助は、手に持った徳利で佐助の頭を殴打したようだ。
「こ…小助…」
「大丈夫、気絶しただけです。悪戯が過ぎますよ、長。」
やれやれと言ったように軽々と佐助を肩に担ぎ上げ、小助は「其れでは」と退室した。
中途半端に放られた幸村は、続きを期待した己に羞恥を隠せないでいた。
翌日、二日酔いの頭を抱え、佐助は目を覚ました。
(駄目だ…記憶が無い…)
喧嘩を買った所までは覚えているのだが。
「……駄目だ」
石菖の粉末をひっ掴み、ふらつく身体で井戸に向かう。
(甚八…?)
先客に驚きつつも、「よう」と声をかける。
「ひっ!あ、あぁ、長…」
根津は片目を押さえて僅かに後ずさった。
「何、…其の驚きかた。俺様なんかした?」
「や、あの、なんでも」
「?…まぁいいや。ちょっと水汲んでくんない?頭痛くて屈みたくないんだよね…。」
「はあ…って、長、」
「え」
ドンッと鈍い音がして、佐助の身体が井戸に転落した。
「ええ──っ!」
慌てて井戸を覗きこむ根津に、蹴り落とした張本人の才蔵は「ちっ…」と舌打ちした。
「…仲間に不意討ち?酷いね才蔵。」
二日酔いとはいえ、素早く変わり身を使った佐助は頭が振れたのか、小さくえずいた。
「甚八といい才蔵といい…ちゃんと説明してくれない?昨日のこと覚えてないんだけど。」
はぁ、と溜め息を吐く佐助に、才蔵は暫く黙り込んだ。
「………絶対に言うな」
「……」
痛いほど才蔵の気持ちが解かる甚八は、短く頷いた。
「何んだよ、二人して。…もー良いよ、後で旦那に聞くから」
「「其れは絶対に駄目だ(です)!」」
綺麗に被った二人の声に、頭を押さえてうめいた。
此の後、佐助は今日は休めと小助に拉致られ、酒が完全に抜けるまで軟禁された。
(酒はもう飲むもんか!)
end
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