あなたが手を伸ばして‖佐弁、小十梵 傷付いて居るからこそ優しい大人と子供
(暗い餓鬼でござるなぁ)
其れが、弁丸が持った梵天丸への第一印象であった。
(佐助が戻る迄の辛抱、か)
弁丸はやれやれと息を吐いて、子供だからと共に放り出された梵天丸を見下ろした。
「其処に、団子でも落ちて居るのでござるか?」
皮肉と冗談が混じった言葉。
しかし梵天丸は顔も上げずに地面に踞ったままだ。
「無視でござるか。」
仕方ない、と踵を返そうとすると、梵天丸は漸く口を開いた。
「───何故、俺たちは此処に居るんだ?」
此処、の定義が酷く曖昧で、世界?それとも、此の場?とも聞けずに、
「子供だからでござろう」
と、どちらとも取れる返事を返した。
「お前は、如何して此処に居る」
「……」
弁丸は口をつぐんだ。
「…貴殿は如何して此処に?」
其のまま質問には答えずに、己と共に放り出された隻眼の子供を見た。
「…───右目が無いと、駄目だと、母上様が」
「そうでござったか。…」
弁丸は直ぐに、梵天丸に護衛が居ないことを理解した。
「───某と同じでござるな」
ふわふわとした自らの癖ッ毛に指を通しながら弁丸は呟いた。
「……同じだと?」
ぎ、と梵天丸は左目で睨んだ。
「お前には、欠けたものなど無いだろう」
全身で威嚇するかの様に身構えた。
「妾腹の子など…同じでござるよ」
梵天丸の威嚇を受け流し、然もないことの様に弁丸は言ったが、梵天丸は自分とは似て非なる匂いを感じ取って静かに視線を逸らした。
「……」
「暇でござるな。…某は少々抜けさせて頂く。」
「あ…?」
そう言うが速いか、弁丸は忍の様に木と塀を交互に蹴り、あっという間に梵天丸を見下ろしていた。
「此処は少し窮屈でござる。───梵天丸殿、行きませぬか。」
そう問われ、少し躊躇う様に瞳が揺れ、不器用な動きであったが同じように登った。
「、出来るのでござるな」
意外そうに呟いた弁丸に、梵天丸は、ふん、と息を吐いた。
「嘗めるなよ」
弁丸は僅かに表情を緩めて、地面に飛び降りて走り出した。
梵天丸も無言で其れに続く。
「…何処に行く気だ」
「只の息抜きでござる。彼処に居たのは護衛ではなく監視。…そんなもの、窮屈なだけでござるからな。」
「気付いて居たのか」
「忍の気配を探るより容易き事にござる。」
弁丸は後ろを振り返って、監視が着いてきて居ないことを確認すると歩調を緩めた。
「此れで暫くは安心でござるな」
ふぅ、と短く息を吐いて隆起した木の根に腰掛けた。
「彼のまま彼処に居たならば、殺されて居たでござるなぁ。」
誰も追い掛けて来なくて良かった、と心底ホッとしたように言った。
「監視なんてのはそんなもんだろ」
梵天丸は何か思い出したのか、ぎり、と唇を噛んだ。
「思い当たる節が有るようでござるな。」
弁丸は、小枝を無意識にパキパキと折りながら言った。
「…さぁな」
ふう、と短く息を吐いて梵天丸は弁丸とは少し離れた木の根に腰掛けた。
「しにたくないでござるなぁー」
ぼんやりと空を仰ぎながら、弁丸は呟いた。
「あぁ、死に場所ぐらいは、選びてぇな」
ガリ、と小さく眼帯を掻いた。
「某が右なら貴殿は左。疾れば歩く。赤なら青。」
遠くを見詰めながら弁丸が呟く言葉に、梵天丸は首を傾げた。
「?」
「…某と貴殿は似て非なるもの…そう思ったのでござるよ。」
酷く大人びた顔をして笑う弁丸の姿に、矢張りそうなのだな、と思った。
「───見つけましたよ弁丸様。」
「っ!?」
突然降ってきた声に梵天丸は後ろに飛び退いた。
しかし其れとは対照的に弁丸は嬉しそうに何故か上を見上げた。
「ば…っ」
梵天丸は慌てて弁丸の手を掴んだが、弁丸は笑うだけで、動こうとはしなかった。
「ちっ…降りてこい!」
険の有る声で梵天丸が叫ぶと、声の主はあっさりと姿を現した。
「…帰りましょう?」
降りてきたのは穏やかな表情をしている、赤毛の青年だった。
「佐助っ!遅かったでござるな!」
「すみません。軍議が思ったより長びいちゃって。」
「……?」
青年の友好的な態度に、梵天丸は不思議そうに弁丸をちらりと見る。
「某の、某だけの忍でござる!」
ほんの数刻前の語調とはうって変わって、子供らしい笑顔を佐助と呼ばれた忍に向けた。
「忍?」
───草の者、卑怯と忌み嫌われる、忍。
「そうでござる。───俺だけの」
「…!」
低く梵天丸だけに聞こえる様に弁丸は囁いた。
「行きますよ。」
佐助が手を伸ばすと、弁丸は子供らしく飛び付いた。
仕方無いなぁと苦笑しながらも、弁丸の身体を支える。
「アンタは?」
弁丸を抱えながら、す、と佐助は梵天丸に手を伸ばした。
「二人ぐらいなら平気だけど」
「……」
梵天丸は、差し伸べられた手と佐助の顔を見比べて、小さな手を握り締めていた。
「佐助、梵天丸殿は未だ子供なのでござるよ」
弁丸はぎゅうぎゅうとしがみ付きながら、当たり前の様に言った。
「あぁ、そうなんですか」
佐助も対して驚きもせずに、あっさりと頷いた。
「な…っ、俺と変わらない癖に…何が子供だっ」
そう叫んで梵天丸が素早く踵を返そうとしたが、強く腕を捕まれた。
「そっちに出口は無いよ」
「っ……」
山道を甘く見てはいけない事など重々承知している。
梵天丸はバツ悪そうに視線を逸らした。
「もっと素直に甘えなさいよ」
佐助は苦笑して、ふわり、と梵天丸の身体を抱き抱えて歩き出した。
「っ離せ!」
「ハイハイ暴れないのー。危ないでしょ?」
不安定な腐葉土の道を、危なげ無く歩いて行く。
「佐助!」
「なんですか?」
「今日だけだぞ」
俺以外の人間に優しくしても良いのは。
弁丸は滅多にそうした独占欲を出す事は少ない。
「はい。判りましたよ。」
だが、佐助は弁丸が時折見せるこの凶暴な独占欲が好きだった。
「ふん…」
言われたい放題だった梵天丸も今は黙り、大人しく抱えられていた。
そして暫く歩くと、周りは見慣れた景色に変わった。
「梵天丸様!」
真っ先に聞こえたのは、重臣、小十郎の声だった。
「小十郎…」
梵天丸が振り向くと、真っ青になった小十郎と目があった。
「梵天丸様…!何処にいらしたのですか!」
「……」
無言で俯いた梵天丸に、弁丸はくるりと小十郎の方へ向き直った。
「失礼ながら…、先ず貴殿が手を伸ばさねばならないのでは?」
「!」
元服も済んで居ない子供に促される様にして、梵天丸を佐助から受け取る。
其れが酷くぎこちない動作で思わず梵天丸は笑った。
「やっと笑ったね。全く手のかかるこって。」
そうだな、と弁丸はくすくす笑い、腕の中で笑う隻眼の子供に戸惑う大人を見た。
「受け入れて欲しくば、先ず己れが受け入れる事でござるよ」
大人びた子供を見て、小十郎は、あぁと短く頷いた。
そして佐助は弁丸を抱え直して、ふぅと息を吐いた。
「んじゃ、帰りましょうか、弁丸様。」
「うむ。」
弁丸は再び佐助にしがみついて、佐助の歩く揺れの心地好さに、ゆっくりと目を閉じた。
(次に会う時は、好敵手になっていると良いでござるなぁ)
end
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