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狂おしい程‖「狂おしく、」の続き バイオレンス佐幸



アンタとなら、一緒に地獄に堕ちても良いと思えるんだ















もう二度と開く事はないと思って居た目が、再び開いた時、佐助は奇妙な感覚に包まれた。

(未だ…少し痺れてる)

僅かに残る手足の痺れは直ぐに消えるモノだと、経験が教えてくれた。

てっきり殺されるものだと思っていたが、真田幸村と言う人間は其れほど優しくは無かった様だ。

(…時間の感覚が無い)

とん、と胃のある位置に触れてみる。

(空腹感も、ない……?)

寧ろ軽い嘔吐感が、胃が十分に満たされていると伝えた。

ひや、と背中に冷たいモノがはしって、佐助は思わず喉に指を突っ込んだ。

「ぅげっ……ゲホッ、ゲホッ、…ぅ……」

びちゃびちゃと畳の上に溢れたのは、水だった。

そして、其の水の暖まり具合からして、ほんの少し前に飲まされたものだと言うことがわかった。

(殺さないためか…?)

胃の痙攣が治まる迄じっとしていたが、佐助はふと合口で付けられた傷に触れた。

(───傷の治り具合からして3日かそこらか…)

そんな事を考えながら改めて回りを見渡すと、其れは直ぐに座敷牢だと気付いた。

(こんなのが有るって…旦那知ってたんだな)

ふふ、と自分の置かれた状況を楽しむ様に、佐助は笑った。

(俺様は未だ生きてる───否、生かされてる。旦那次第の命って事か。)

そう考えるだけで、酷く嬉しく、佐助は立ち上がった。

(水を与えられてるって事は、少なからず誰かが此処に来てるってこと。…其れは旦那の可能性が高い。)

鈍った身体を伸ばし、佐助は簡単な運動をすることにした。








暫く運動を続けるが、生憎座敷牢で有るが為に、朝夕の違いさえ解らず佐助は溜め息を吐いた。

(今何刻だろう。……窓がなけりゃ烏も喚べやしない。)

額にうっすらと汗をかきはじめた頃、小さな話し声が聞こえてきた。

(!…当たり)

直ぐに運動を止めて、畳に耳を付けた。

(一人二人三人…あ、)

近付く跫が幸村の其れであると確信した時、佐助は直ぐ様元居た処に寝転がった。

跫が近付くにつれ人は減り、とうとう幸村只一人だけが座敷牢の前に立った。

(旦那ってば、護衛も付けないで…無用心だねぇ。)

思わず緩む口元を押さえ乍、佐助は無表情に眠るフリをした。

そして、すぅ、と襖が開けられ、小さな跫が牢の格子の前で止まった。

「未だ、起きぬか……」

久々の幸村の声に、ぞわりと粟肌が立った。

幸村は、ガチリと重々しい音とともに、牢の中に入って来た。

そして跫は自分の目の前で止まり、───



どん、と鈍い音がした。




「!ッい゙…あ゙、ぁ゙っは……」



傷口を、何の躊躇いもなく幸村は蹴り付けた。



佐助は再び水を吐いて、目を開けた。

「なんだ、今日は確り起きてたのでござるか。」

にっこりと無邪気に笑う幸村に、佐助は僅かに恐怖を覚えた。

「気分は如何だ?」

何時もと変わらぬ声色で問う幸村は、只微笑を浮かべていた。

「……さい、あく」

何度か噎せ返り、ずるずると身体を壁際に寄せた。

もう一度あの蹴りをまともに喰らったら、立つことも儘ならなくなる。

「───其れは良かった。」

逃げたとわかって居ながら、幸村は敢えて佐助の隣に膝を付いた。

「……」

何をする気だろうと、ぼんやり幸村を見ていると、「手」と短く呟き、手を差し出した。

佐助はほぼ条件反射で、犬が飼い主にする様に幸村の手に自らの手を重ねた。

「はっ、…まるで獣だな」

「旦那になら飼われても良いんですけどね」

嗚呼其れは昔から変わらないか、と僅かに思った。

「減らぬ口だな。…潰してやろうか。」

幸村は喉に触れ、ぐ、と押した。

「…旦那なら、構わない」

圧迫感に息を詰めながら矢張り佐助は笑った。

「───ははっ、冗談だ。」

幸村は手を離し、そっと佐助の髪に触れた。

「何…すんの、だん、っ!」

幸村は突然髪を強く掴み、佐助の顔を無理矢理上げさせた。

「何、二三質問したい事が有るだけでござるよ」

「…しつ、もん?」

痛みに顔を歪ませながら、佐助は幸村を見た。

「そうだ。」

相変わらず笑みを絶やさない幸村に、佐助は苦笑を浮かべる事も出来なかった。

「松永殿に───何を漏らした?」

佐助は一瞬驚いて、直ぐに表情を弛緩させた。

「なんだ、そんなこと?」

がん、と思い切り頭を壁に打ち付けられた。

「っ…」

「そんなこと、か。矢張り殺すべきだったか。…まぁ良い。さぁ、言え。」

ふふふ、と笑っている幸村の顔を揺れる視界が捕えた。

「旦那が、欲しいって言いました」

簡単な事でしょ、と佐助は笑った。

しかし幸村は躊躇いなく合口の傷を殴りつけた。

「っ……!」

胃が水を圧しだそうと捩れたが、舌を噛みなんとか耐えていると、酷く冷たい声が響いた。

「───巫山戯るな」

最早笑みもなく、射る様な目付きで佐助を見た。

そんな顔も出来たんですねと思ったら、うっすら笑えた。

「何だ?…」

「旦那の、怒った顔も好きだって言いました」

直ぐに、容赦の無い平手打ちが頬を襲った。

「───次は無いぞ?」

「…本当に、あんたを裏切る様な事は言ってないんですけどね」

チリチリと痛む頬を押さえながら、佐助は幸村を見た。

「俺から離れた時点で、お前は俺を裏切った。信じられると思うか?」

幸村は突き放す様に髪を離して立ち上がった。

「明日───もう一度同じ事を聞く。…其れまでによく考えておくんだな。」

「あれ、行っちゃうんですか」

熱を持ち始めた頬から手を離し、佐助は酷く残念そうに言った。

「生憎、俺は暇ではない。」

幸村は踵を返して、振り返る事もせずに真っ直ぐに出ていった。

「じゃあさ、旦那。如何したら信じてくれる?」

ガチャン、と鍵を閉めると、幸村は顔を上げた。

「信じる、だと?」

「そう。っても俺様、旦那にだけは何時も本当の事しか言わないんだけど。」

佐助はにっこりと笑って、幸村の応えを待った。

「……其れも嘘だとしたら?」

すぅ、と幸村は身体を引き、心無しか表情が陰った。

「嘘じゃない。でも、───断言は出来るけど証明は出来ない。」

「自業自得でござろう?」

幸村は嘲笑するように佐助を見た。

「だから、教えてよ。旦那が納得する方法を。」

幸村は少し考える様に俯き、そうだな、と呟いた。

「松永殿の首を見せられたら───、考えも変わるかも知れんな。」

幸村は悪戯を思い付いた子供の様にクスクスと笑って、踵を返した。

「くび、ね…」

再び光りの遮断された座敷牢で、佐助は独り決意を込めて立ち上がった。

着物の帯をとき、其の帯の中から細い針金を取り出し、揺れる小さな蝋燭の光りを頼りに鍵穴にゆっくりと差し込んだ。

然して頑丈な造りでもなく、無骨な見た目に較べて随分あっさりと鍵は開いた。

音を立てぬ様に静かに格子を押し、数日ぶりに成るであろう外気を嗅いだ。

(人の臭い。…気配が剥き出しって事は居るのは武士か…)

忍の監視に忍を使わない等という愚行を幸村がする筈もない。

(つまり、脱獄のしやすい様になってる)

恐らく、警固も手薄だろう、と感じた。

何処までも自分を試そうとする主に、佐助はくく、と込み上げて来た笑いを堪えた。

(裏切るなんて、ねぇ。…旦那ってば可愛いんだから)

笑いを堪えながら部屋を出ると、案の定外の警固はそう堅くは無かった。

隠し武器以外は全て持って行かれていたので、警邏にあたっていた者は、素手で首を捻って殺した。

(先ずは武器、かな)

グニャリとした身体を支え、直ぐに見付かる様に壁に凭れさせた。

そして佐助の姿は、其の儘ふらりと宵闇に消えて行った。









* * *









「良い夜だね」

「卿は気紛れだな。───さしずめ、わたしを殺しに来たと云う処かな。」

月光が降り注ぐ中、松永はまるで戦場に居るかのような刀を携えていた。

「旦那がね、あんたの首が欲しいっていうんだ。」

子供の我が儘を聞いて居るかの様に苦笑を浮かべた佐助の手裏剣からは、ぽたぽたと血が滴っていた。

「…三好は殺られたのか。」

「ああ───邪魔かな、と思ってさ。」

冷酷に任務を遂行する忍本来の姿を見て、ふぅ、と溜め息を吐いた。

「仕方無いな。」

松永は立ち上がり、すらりと刀を抜いた。

「そりゃ簡単にはいかない、か」

やだなぁと呟きながら、ふわりと身を翻し飛び掛かった。

「血の気が多いな。躊躇いと云う言葉は知らないのかね。」

「そんなもん、とっくに棄てたよ」

鉄のぶつかりあう音が、大仏殿に響き渡った。

「此の大仏殿は素晴らしいだろう。人類の遺産と云っても過言ではない。」

「戦に集中しないひとだねぇ。…あれ、違うか。暗殺でもないしなぁ。」

腕を大きく振り刀を叩き落とそうとするが、流れる様な動きで払われて仕舞う。

(攻撃して来ない。…深追いは禁物か?)

間合いを取ってばかりでは致命的な攻撃は与えられない。

「随分曖昧な攻撃をするのだな。周りにみとれるのは、構わないがね。」

(…何より、此の火薬の臭いがキツい)

大仏殿に充満するようにして漂う火薬の臭い。

「先人達が守り抜いた遺産、一体何れだけの時間がかけられているのだろうな」

(梟が本気になるまえに、終わらせよう)

とん、と佐助は地面を蹴って一気に間合いを詰めた。

「───そして培った時間は、破壊の真理に突き当たる」

「!?」

チッ、と小さな火花が散って、回りの火薬に一気に火がついた。

「なッ…」

爆発音と共に、大仏殿が激しい炎に包まれた。

「見事だろう!」

松永は自慢気に燃え盛る大仏殿を振り返った。

「クソ…ッ」

何とか松永を掴もうと手を伸ばしたが、其の姿を掴む事も出来ずに炎に遮られた。

「早く逃げなければ腕のみでなく全て燃えて仕舞うぞ?」

くくくと笑い、松永自身は炎の中に消えて行った。

「チッ……」

プスプスと鉄が熱を持ち、籠手で守られていた場所以外の腕から肩にかけて、火傷を負っていた。

(…旦那、怒るかな)

崩壊を始めた大仏殿をぼんやりと見詰めながら、三好の首を拾い、急ぎ甲斐に引き返した。







* * *









明日の夜迄に帰れたら、と思って居たが、傷の手当てもせずに走り続けて居たら日の出と共に城に戻る事が出来た。

しかし既に足の感覚は麻痺しており、ただ機械的に動いていた。

幸村の部屋の前に跪いたときに、やっと時間の事を考える余裕ができた。

(出直そうかな…)

身体からも火薬と血の嫌な臭いが強く香る為、暫く迷っていると

「入れ」

と短く聞こえた。

少し驚きつつも、失礼しますと部屋に入ると、全く寝乱れていない幸村の姿に一晩中起きていたのだと気付かされた。

「…っあ!あの、俺様逃げた訳でじゃなくて…」

ハッと何も言わずに出て行った事を思い出し、慌てて弁明をした。

「───お前は正直だな」

血と火薬の臭いが離れた距離から漂っていたので、幸村は直ぐに解ったのだろう。

首を獲りに行ったのだ、と。

幸村は嬉しそうに笑った。

「…っ」

しかし其れは、己を合口で刺した時と変わらぬ眼だった。

「あーっと…───松永、逃げられちゃった。」

妙な緊張感から、佐助は、へら、とらしくもない笑いを浮かべた。

「逃がした?お前が?…面白い、言い訳を聞かせろ。」

幸村は愉快そうに頬杖をついて、佐助を促した。

「其れがさぁ、…狡いよなぁ。まさか大仏殿に火つけるなんて思わないじゃない。全焼よ、多分。」

佐助の肩辺りから、焦げた肉の臭いがツンと漂った。

其れ丈で幸村にも火薬の勢いは窺い知れた。

「んで、…其の代わりに成るかは解んないだけど…」

血がたっぷりと染み込んで、元の色が何色だったか解らない程に変色した風呂敷を3つ差し出した。

「三好の首」

す、と上げられた佐助の腕は、火傷で艶やかな肉色と焦げた皮脂が覗いた。

「…三好、か」

そう呟くと同時に、幸村の頬に細い一筋の涙が伝った。

「…え、」

其の光景に、佐助は氷付いた。

「───ぁ、や、やっぱり駄目ですよですよね。松永、追って来ます。」

ぞんざいに首を放り、慌てて姿を消そうとする佐助の手を幸村は強く掴んだ。

「待て。」

幸村の掴んだ鉄の鉤爪は、かなりの熱を持っている筈なので佐助は更に慌てた。

「っあ、旦那、熱いでしょ。」

炎に手を突っ込んだのだ。表面は焼いた鉄の様な熱を持っている。

しかし幸村は手を離さなかった。

「…───地獄の業火に比べれば。」

ぎゅ、と子が母にするように、否其れよりも不器用に、幸村は佐助の手を強く強く握った。

しかし佐助には、其の行為の意味が確り伝わっていた。

「……」

カチャカチャと鉄のぶつかる音を立てながら鉤爪を外し、外しても尚十分に熱を持った素手を畳に付け、幸村と同じ目線に成るよう跪いた。

「───連れて行って下さいよ、地獄まで」

幸村の欲しかった言葉は此れだったのだろう、涙は静かに確りと袷られた着物の上に染みを作っていった。

「……お前に、其の覚悟は無いと思って居た」

赤く色付いた目尻にそっと触れて、まさか、と呟いた。

「俺様は旦那が欲しかった。否、今でも其れは変わらない。───其れだけ。」

「ほう?」

涙を滲ませながら、続けろ、と幸村は僅かに口角を上げた。

「旦那が何処に行こうと構わない。地獄だろうが極楽だろうが来世だろうが。全部、───下さいよ」

佐助は猫の様に器用に甘えたが、獣が獲物を喰らう眼だった。

「ふ、っははは!…十分だ。───良いだろう。こんな身体(もの)、くれてやる」

にやり、と挑戦的に幸村は艶笑した。

「その代わり、お前は俺のモノだ。」

「えぇ好きに使って下さいよ。俺様はあんたのモノだ。」

此の心臓も、と幸村の手を引き、心臓に当てた。

「ふふ、不思議だな。お前をモノと見るのは苦手だったのだがな。」

ぐ、と心臓を掴む様に指に力を入れた。

「お前は、俺の為に有れば良い。」

「御意」

心臓の上に当てられた手に自らの手を重ねて微笑んだ。




(アンタを壊して良かった!)








end


あきゅろす。
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