さくら、ゆめときゆ‖佐→←幸 佐助がヘタレ、黒村降臨
桜花の咲き誇る路に
黒い駿馬に跨がった赤い武人と
影に隠れる様にして付く忍が居た。
さくら、ゆめときゆ
吹き付ける桜花に瞳を眇ながら幸村は微笑んだ。
「見よ佐助、桜が美しい。」
「本当ですねー」
佐助は妙に間延びした声で気の無い返事をする。
「桜と言ったら花見だな!桜餅、三色団子、甘酒」
「…んっとに旦那花より団子だね」
はぁ、と溜め息を吐いて、宴会の様に騒ぐ師弟の姿を思った。
「淡い色だな…儚い」
ポツリと呟いた幸村に、佐助は幻を見て居る様な気分になった。
「───ねぇ、旦那」
「うん?」
思わず声を掛けて仕舞ったが、特に何も考えて居なかった佐助は少し考えを巡らせた。
「桜の下には、死体が埋まってるんだって」
言って仕舞った後に、少し後悔した。
「…何を、言うか」
案の定、幸村は僅かに眉を潜めた。
「桜の下のを掘るとね、血が赤く滲むんだって」
何時もの様ににっこりと笑って、此れは軽い話しなんだよ、と曖昧に含ませた。
「なんと、」
「だから桜の色は水と混じってこんな色になるんだって」
はらはらと落ち、髪に絡む花弁に幸村は払う事を止めた。
「ふむ、…かように儚き色の理由は其処に有ったのでござるか」
「そうみたい、ね」
あはは、と短く笑うと
「そうか…」
考え込む様に少し俯いて、「ならば」と笑った。
「俺も此の桜の色に貢献しているのだな」
「…え?」
佐助の声が聞こえなかったかの様に幸村は桜を仰いで微笑んだ。
「生ける者が死者を生かし、又生ける者を生かすのも死者なのでござるなぁ」
一瞬、鮮やかな桜に幸村の姿が覆われた。
「旦那…?」
止むことの無い桜吹雪の中、本当に消えて仕舞うのでは無いかと、僅かに鳥肌が立った。
「───行くぞ佐助!」
絡み付く儚さを振り払う様に幸村は馬を駆った。
「え、ちょ旦那!」
制止の声も聞かずに、幸村は走り出し、後ろを振り返った。
「駆けよ、佐助!」
「っもー、桜で視界が悪いってのに…」
どこかホッとしたように佐助は幸村を追い掛けた。
しかし、一瞬だけ桜並樹の果てに有る最も老いた桜の木を、
幸村が凍る様な目で見たのを見逃さなかった。
「…まさか、ね」
***
(まさか、まさか、まさか、)
散る事を止めない花弁を振り払いながら佐助は暗闇の中をひた走った。
(まさか、)
月光に照らされて浮き上がる様にして有る老木。
禍々しくも神々しくも感じる其れ。
佐助は苦無を取り出し、無言で土を掘り返し始めた。
(無い筈、何も)
土は意外にも柔らかく、深く掘り進める程に湿った土の匂いが鼻を衝いた。
(腐葉土…)
隠して仕舞った主の罪を今更暴いてなんになると思ったが、身体は酷く機械的に同じ動きを繰り返した。
深く掘り進めて行くと、苦無の先に陶器の様に固いものが当たった。
「あ」
不覚にも短く声を上げて仕舞った。
(あっ、た)
劣化の進んだ、白い骨。
(埋められてから大分経ってる…)
心のどこかで、獣の骨で有る事を祈りながら更に掘り進めた。
すると程無くして、頭蓋骨が現れた。
そして其れが、此の骨を紛れもなく人骨で有る事を証明した。
(一体…誰の…)
土から掘り出して見ると、目の窪みの部分に、小さな扇子が刺さっていた。
(此れは旦那の…いや、弁丸様の…)
既に酸化した血液が、たっぷりと柄に残っていた。
(眼に…刺したの、か…)
思わず、ぞわりと肌が粟立った。
更に骨を見ていると、喉仏の小さな骨に、刃物で削った様な傷が出来ている。
(此れが…致命傷か。喉は真横に深く切り裂かれている。つまり後ろから、)
「何を───しておる」
そっと吐息が掛かる程に近くに、幸村が居た。
「───だん、な」
振り返る事も出来ずに、只上から垂れ下がる幸村の髪を見た。
(ああ、こうして殺したのか)
頭のどこかが冷静で、指一本動かす事も躊躇われた。
「お前は何も見ていない」
耳元で、囁く様にして言われた言葉は、酷く冷たい言葉だった。
「良いな」
幸村はそっと、細く風化した骨を地面に押し戻した。
「御意…」
すぅ、と重さが退いて、ぶつり、と短い音がした。
「っ!?」
不可解な音に振り返ると、幸村は何時も首に掛けている六文銭を引き千切っていた。
「此れも、埋めてやってくれ」
「…御随意に」
受け取った、黄泉への渡し賃は、酷く重たく感じた。
「彼の時は深く掘ったと思ったのだが…案外浅かったのだな」
幸村は黙って埋める佐助を見ながら、ポツリと呟いた。
「大変だったぞ、着物が重くて。何故彼の様に何枚も重ね着るのか…」
まるで人骨に話しかける様に幸村は言った。
「死すれば美醜もござらんのに…」
「……此れは女人なんだ」
「───あ、あぁ。そうだ。」
ハッとした様に幸村は言葉を切った。
全てを土に埋めてから、佐助は立ち上がった。
「三途の渡し賃も埋めましたし、俺は今日を全て忘れます」
「…其れで良い」
幸村は僅かに微笑んで、羽織を翻した。
「今宵は桜に惑わされたのだ。真、儚き夢よ。」
地面に垂れる桜に触れ、容易く枝を折った。
「佐助」
「…はい」
幸村は戯れる様にして桜を佐助の髪に散らした。
「此れは夢だ。」
「はい」
佐助が頷くのを見て、幸村は満足気に笑った。
そして掠め取る様に接吻をした。
「っ、な」
「夢ならば…」
赦されよう、と唇だけが言葉を紡いだ。
「…だめだ…よ……」
佐助が小さく声を漏らすと、すっと身体は離れ、幸村の姿は桜に彩られた闇に消えて行った。
(極彩色の夢…)
何て美しい夢を見て仕舞ったんだろう
黒い影は、崩れ落ちる様にして膝を付いた。
「…如何して……っ」
影の姿も、其の言葉も
桜花が全て、夢と包んだ。
end
無料HPエムペ!