蜉蝣の声‖生きる事の確認 捏造勇士、佐→←幸
「あー…寒ぃ…」
木枯らし吹く冬の甲斐。
(風邪なんて何時ぶりだろう)
カタカタと忍小屋の戸が揺れる。
「俺様風邪ひいたみたい。」
やれやれと言って肩を竦めると
「お前が…?矢でも降るか…」
「才蔵は一言多い」
ぐ、と口布を引き上げて口元を覆い、立ち上がった。
「大丈夫ですか?長。」
苦笑しながら、小助は磨いでいた苦無を置いた。
「あんがと小助ー、才蔵とは大違い」
「薬、要ります?」
「ううん、要らなーい。じっとしてりゃ治るでしょ」
軽く手を振って、佐助は自室に向かった。
(寒いー…)
灰色に染まる空を見上げて、小さく溜め息を吐いた。
「───佐助?」
「、旦那」
真っ正面に幸村が居るのに、全く気付かなかった。
「如何したのだ?何時もは佐助の方が先に気付くと云うに」
怪訝そうに首を傾げて、幸村は佐助をじっと見詰めた。
「───気付いてましたよぅ。只ちょーっと、空模様が気になって、さ」
「そう、か?成らば、良いのだが…」
「別に心配する様な事なんてないですよ。…んじゃ」
にっこりと笑って、幸村の横をすり抜ける。
(……旦那って変なところで敏感だからなぁ…)
悪寒を感じる身体を抱き、さっさと自室に入り込んだ。
(あー…)
隅に寄せてあった火鉢を焚いて、薬箱を引き寄せ、次々と薬を取り出した。
(悪寒解熱、んー…あ、此の毒作りっぱなしだったじゃん)
はたと手を止め、赤い薬袋を見た。
(抗体作っとかなきゃ)
佐助は何の躊躇いもなく、毒を嚥下した。
甲賀もとい戸隠れの毒には慣れて居るし、甲斐の毒草にも慣れた。
そもそも甲賀忍者は薬の知識に長けて居る。
毒なんかはそうそう効くものではない。
(此の位の風邪なら薬飲む程でもないし…多分)
僅かに目眩を感じたが、直ぐに如何でも良いかと思い直し、別の薬の調合を始めた。
(蓬生(ヨモギ)、生姜、乾燥紅天狗茸、…)
ガリ、ガリ、と次々に粉末にしていく。
「───っ、」
一瞬、視界がブレた。
(……少し、寝た方が良いな)
其の儘身体をずらして壁に寄りかかった。
(あれ、)
力を抜いた途端、身体が床に崩れ落ちた。
(ちょっと、マズいでしょ)
身体を起こそうとしても、腕に力が入らない。
(う、そ)
動悸、震え、悪寒、異常な息苦しさ。
(じょう、だん)
視界が霞む、声帯が詰まる───
(く、そ……っ)
己の赤い髪が、はらりと視界を遮った。
そして、意識は、
暗転───
「───………」
次に目を開けたら、其処は見慣れた薄暗い部屋ではなく、明るく広い部屋だった。
(此所は……)
何度か瞬きを繰り返して、ゆっくりと顔だけ動かした。
「───佐助?」
(え?)
「佐助っ!漸く目が醒めたか!」
(旦那……?)
酷い顔、と少し笑った。
大丈夫?と問おうとして、僅かに空気が喉を通っただけだった。
「っ、」
「───声が出ぬだろう。そうなると、望月が言っていた」
(うそ、)
唇だけを動かして、言葉を伝える。
「…一時的に、だ。自分で作った毒に耐性が付いて居たのがせめてもの救いだな」
(…そう、良かった)
僅かに怒気を孕んだ言葉に少し驚きながらも胸を撫で下ろした。
「───良くなどないわ!」
幸村の突然の大声にビクリと身体を震わせた。
(な、何が、)
殴りかからんばかりの勢いで詰め寄る幸村に圧倒された。
「馬鹿者!何故彼の時何も言わなかったのだ!俺は、俺は…っ」
泣き出して仕舞いそうな声に、慌て背中を撫でる。
(ごめんね、)
「ッ、馬鹿者…何処に毒を飲むやつが居るか…!」
(ごめんって、もう、しませんから)
「死んだら如何する気だったのだっ!佐助ぇ…!」
(はい、はい落ち着いて下さいー…)
「お前というやつは…!」
───死ぬことは怖くない
只其れを恐れてくれる人が居るだけで、
酷く嬉しかった
───同時に、胸が痛んだ。
(ごめん。こんな事で煩わせて、ごめんね)
柔らかい髪を撫でて、ぶすくれてしまった主を宥める。
(死なないから、旦那の為に生きるから)
「…佐助、」
(?)
「あと2日、此の部屋を出る事は許さぬ。…良いな。」
ギロリと此方を睨んだ表情には、絶対的な命令の色があった。
(り…、了解…しました…)
ふん、と鼻を鳴らして、立ち上がる。
「お前の所為で何日も潰れた。全快したら武田道場で修行でござるよ!」
(えぇー…)
「問答無用!修行の為に早く治せ!」
(あーはいはい、旦那の為に治します、っと)
「ッ、馬鹿者…!」
すぱん、と襖が壊れて仕舞うんじゃないのかと思う位の音を立てて閉じられた。
そんな後ろ姿を眼で追って、思わずくすくすと笑った。
(可愛いねぇ、旦那は。そう思わない?───才蔵)
天井を仰いでにやりと口角を上げた。
「───馬鹿か、お前」
天井板を音も立てずに外して畳の上に降り立ち、ドッと座り込んだ。
(ずっと居ただろ。何かあったわけ?)
才蔵はらしくもなく暫く黙り、
「……幸村様を…余り心配させるな」
と呟いた。
(珍しい、才蔵がそんな事言うなんて)
「声が無くとも五月蝿いな、お前」
(あのねぇ…)
「呆れたいのは俺の方だ。俺たちは畳の上で死ねない。───忘れた訳無いだろう」
云わんとしている事を漸く理解し、渋面を作った。
(……解ってるよ)
「なら、良い。」
才蔵は視線を逸らすと、直ぐに其の姿を散霧させた。
(『忍は任務にて死ぬが掟、自害など有り得ぬ』か…)
ふと、先刻見送った幸村の後ろ姿を思い出す。
(あんな風に、旦那の後ろ姿を見るのかねぇ…)
声も上げれずに、只、後ろ姿を。
(───其の時は、笑おう)
きっと其れを望んでくれる。
蜉蝣の様に散る命でも、只、
貴方の為に───
end
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