蔵闇‖鎌→佐幸
走るスピードが速い
息が切れる
嗚呼きっと「蔵」に入らなきゃいけないのだろうな
蔵闇
声を上げない様に、舌を噛む
帰りたい、会いたい
闇に呑まれたくない
「長!」
忍小屋に降り立つと、十蔵が駆け寄って来た。
「任務、成功ー。蔵開けて」
佐助はヘラヘラと笑いながら、返り血を隠そうともせずに歩く。
「え、」
蔵、と聞いて、十蔵の表情が強張った。
「でも前回も…」
「うん、早く開けろ」
にっこりと笑って、有無を言わせぬ圧力で制した。
「っ、はい」
佐助の放つ鋭い殺気を背に受けて、十蔵は駆け出した。
「ははは、はぁ」
空に向かってにやりと笑って見せる。
身体はもう限界のはずなのに、感情だけが急く様に足が動く。
「ふふ、ッくく」
あー駄目だ、と呟いて、忍小屋の隅にある、何の変徹もない蔵の中に消えていった。
***
「長が蔵に?」
十蔵の言葉を聞いて、鎌之助は渋面を作った。
「止めなかったの?」
「無理だよっ、俺に止められる訳無いでしょ!無理、本当に無理。」
「……まぁ、ね。長が望んだらね…」
鎌之助は少し眉を潜めて少し溜め息を吐いた。
「大丈夫かなぁ…」
「…あのー…、今更何だけど、蔵って具体的には何するんすか」
おずおずと十蔵が鎌之助の顔を覗いた。
「ん…あぁ、十蔵は蔵に入った事無いんだっけ?」
「はぁ、あの、由利さんは入った事有るんすか?」
苦笑を浮かべる鎌之助に、十蔵は首を傾げた。
「うーん、まぁ、明るい時にね。長みたいに蔵に入ったのは、望月と才蔵くらいかな」
「…二人も」
十蔵は小さく呻いた。
「明るい内に入ったけどね。暗かったよ。」
押し潰されそうだった、と呟いた。
「如何して、そんな所に」
人は暗闇を嫌う。
先の見えない恐怖、
圧迫感、音、臭い───
「───光が怖くなるんだよ」
「え?」
「蔵の窓を閉じて、光を遮断して、暗闇の中に沈む───三人は闇に近いんだろうね。」
「そ、な…幸様はこの事…」
「知らない、と思うよ。長が話すとは思えないし。僕らが話す事でもないでしょ?」
十蔵は放心したように顔を伏せた。
「だからね、十蔵。蔵の中は見ちゃ駄目だよ。」
「…はい」
「いいこだね」
鎌之助はにっこり笑って、踵を返した。
(明日蔵の窓を開けなくちゃ)
鎌之助は未だ暗い夜空を仰ぎながらそう思った。
***
「………」
翌朝、厳重に閉じられた蔵の窓を開けると、
中にはぐちゃぐちゃに乱れた「人」が転がっていた。
何度見ても慣れない。
鎌之助は眉を潜めた。
朝焼けの光が射し込むと、佐助は僅かに怯えた様に身体を震わせた。
表情こそ見えないが、其れは完全に怯えていた。
「ぅ……っ……」
身体を丸めて、太陽光から逃げる様に顔を隠した。
「…、長…閉めますか?」
声は上がらない、然し、僅かに身じろぐ様に首を横に振った。
(其所までして、光の下に行く理由は───)
「長…」
その声に反応せずに、佐助はまたじっと闇に潜んだ。
(───きっと貴方は笑うのでしょうね)
深海の様に静まりかえる蔵を見下ろして、鎌之助は音も無く立ち去った。
二日後
佐助は蔵から出た。
にっこりと笑って。
「旦那、ただいま」
end
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