くらい部屋‖佐助の部屋に入ってみたい幸村 佐幸
縁側で団子を食べながらの日向ぼっこ。
燦々と太陽が照らす自室を見て、幸村はふと思った。
「佐助の部屋は如何成っているのだ」
くらい部屋
「───?」
何時もの忍装束ではなく、軽装をした佐助は少し目を見開いた。
「えーと、忍小屋の事?」
「いや、何時も寝泊まりしている方だ」
「あぁ、そっち」
如何して?と聞き返す。
「うむ、幼き頃から一度も…入った事が無いと思ってな」
其れだけなのだが、と肩を竦めた。
「うーん、確かに。掃除も自分でやるしなぁ…、誰も入った事無いかも」
幸村の隣に腰を降ろして、足を投げ出した。
「ふむ……、佐助の部屋が見たいでござる」
「駄目」
佐助の即答に、幸村は少し団子を詰まらせた。
「な、何故っ」
佐助は苦笑しながらお茶を差し出して、
「俺様の暗器とか…忍具とか有るから危ないの」
「……うむ」
幸村は納得したように頷いて、其処で会話は終わった。
****
「佐助、今日は任務でござるか?」
幸村が食べた膳を片付ける佐助に声を掛ける。
「ええ、そりゃまぁ」
日没とともに保護色の服を纏い、忍具を揃えておいた。
「何時戻るのだ?」
佐助暫く思考を巡らせて、
「………暁の頃迄には」
と応えた。
「そう、か」
「何、寂しいの?」
揶揄する様に佐助は笑って、額に唇を付けた。
「───っは、破廉恥ッ!」
幸村の右ストレートをかわして、佐助は飄々と笑った。
「ちゃんと寝るんだぜ?」
がしがしと髪を撫でると、幸村は頬を膨らませた。
「お、俺はもう子供じゃないぞ!」
「はいはい。んじゃま、俺様はそろそろお仕事行って来ますっと。」
シュッ、と僅かな音を立てて佐助は消えた。
「あ、…」
そして幸村は、少し複雑な表情をして立ち上がった。
湯あみも済ませ、文机に向かうが集中が逸れる。
(部屋に入るな、と言われても、気になるものは気になるでござる。)
そう自分を納得させ、記憶を頼りに佐助の部屋に向かう事にした。
(……暁の前に戻れば良いでござるよ)
なるべく音を立てずに長い廊下を歩き、薄暗い部屋の前に立つ。
(…?)
何故か此の部屋だけが、障子ではなく木戸に変わっている。
其れはまるで、他人が入るのを拒む様だった。
構造からして、内側からしか閂はかからない。
幸村は、ス、と扉を開く。
瞬間、短い矢が此方を目掛けて飛んできた。
「ぉわッ!」
咄嗟に身を引いて、身体を木戸の裏に隠す。
「な…何なのだ…」
幸村程の動体視力が無ければ、眉間に突き刺さっていただろう。
扉を開けたら、飛び出る矢。
他人を拒むかの様だった扉は、完全に他人を拒んでる事が判明した。
(佐助の奴め…)
そっと明かりを灯しながら、次の仕掛けはないか見回す。
しかし、一撃必殺なのか、他にカラクリは見当たらない。
ほっと息を吐いて部屋に入る。
(………)
階段箪笥に薬箱、整頓された苦無や用途のわからない忍具───
(何だ、隠す程の危険な物は無いではないか)
部屋の隅に置かれた行灯に灯を移し、改めて細部を見渡す。
(必要最低限の物意外、此れと言ってないな)
襖を開ければ、薄い蒲団が一式埃を被っていた。
(だいぶ…使っていないのか?)
何故か生活感の無い部屋。
開閉の出来る丸窓から、月光が射し込む。
(ん……?)
幸村の目に、無造作に纏められた布が入った。
(晒し?いや、あれは…)
其の布を持ち上げると、其れは包帯である事が解った。
しかし其れは、茶色く酸化した血がこびりついていた。
(な…っ)
布の状態からして未だ新しい。
(一体何時の怪我だ…っ)
其の隣には、しっかりと洗ってある代えの包帯が綺麗に纏められている。
幸村は、此の怪我は完治したのかとか、こんな事一言も、などの言葉が頭を巡っていた。
「───」
トン、
突然、小さく扉に触れる音。
「!!?」
暁には未だ遠いはず。
油断していた。
(───しまっ…)
同時に、殺気。
慌てて押入れに飛び込む。
何か特殊な開け方でも有るのか、少し時間がかかってから扉は開いた。
(───さ、すけ)
ズルズルと重たそうに足を引き摺り、倒れ込むように膝をついた。
刺すような殺気と、鉄錆びの臭い。
(ッ…其れは、誰の…?)
息を殺して、佐助を注視する。
そして、ぱたぱたと畳に染み込む液体が、血ばかりでない事がわかった。
(…水?まさか、臭いを落とす為に…)
しかし其処までしても消えない臭い───
ゾワリと、背に何かが疾った。
佐助は静かに閂をかけ、手甲を外し、一枚一枚衣服を脱ぐ。
(!!…………は、破廉恥でござる…)
まるで窃視して居る様で、羞恥に頬が染まった。
放り投げた衣服はじっとりと湿り、べちゃりと音を立てて落下した。
佐助は身体に巻かれた包帯を剥がす。
凝固した血は、バリバリと音を立てて剥がれた。
そして、剥がれた下の切り傷を見て、悲鳴を堪えた。
爛れた様に赤く捲り上がり、僅かな月光を鈍く跳ね返し、艶々と肉色に光っていた。
「っぅ……」
僅かに呻き声を漏らして仕舞うと、バッと佐助が此方に向き直って、
「───誰だ」
佐助は一瞬の気配に、手負いの獣の如く反応した。
暫しの沈黙の後、低く唸る様だった声は笑いを含んだものに変わった。
「だぁれだ、ってのに」
ゆっくりと立ち上がり、薄く笑った表情が月光に照らされた。
ペイントも落ち、今ままで見たことも無いゾッとする様な、笑み。
「っぁ、さす…け…」
感じた事の無い殺気に、押入れの隅に背中を押し付ける。
しかし頭の何処かが冷静で、嗚呼何時もこんな風に人を殺して居るのか、と思った。
「だ───だん、な?」
佐助は途端に困った様な、驚いた様な声を上げて、殺気も笑みも掻き消えた。
「もー」
佐助はゆっくりと襖を開けた。
「何してんの」
「う、うむ」
ほら、と手を差し出されて、大人しく掴む。
「うむ、じゃないでしょ。全く、入るなって言ったのに…怪我とか、してない?」
「っ、佐助、お主こそ…っ」
幸村は、はっと顔を上げて、包帯に包まれていた身体をオロオロと見比べる。
「ん?」
「腕が…、手が、」
「ああ、これ?見た目程酷く無いよ」
「しかしッ…」
幸村は言葉を切って、泣き出しそうな顔をする。
「ちょっと、何で旦那がそんな顔すんの」
「って、さ、佐助が…そんな、怪我をっ…」
「いやいや、言う程の事でも無いでしょ」
佐助は濡れた髪を掻き上げて苦笑した。
「っ、もう良い。先に手当てをするぞ!」
「ああ、うん。そだね」
佐助は乾いた布で傷口を清め、慣れた手付きで軟膏を塗り広げ、片手でゆっくりと包帯を巻き付ける。
「…貸すでござるよ」
「え?」
「其の手では……使いにくいだろう」
「ん、まぁそうだけど、……もー泣かないでよー」
「うるさいっ…」
幸村は涙を拭いながら、静かに傷を覆っていった。
「…ありがと。いやー、俺様格好悪いねー」
「全くだ、馬鹿者…」
ジロッと睨む幸村に、ごめんって、と肩を竦めた。
「っと、旦那、もう休みな。寝てないんでしょ?」
「佐助は如何するのだ?」
「勿論俺様も休ませていただきますよ?」
「しかし、蒲団は随分使って居なかった様だが」
「んー、…まぁね」
「使わないのか?」
「そら、ね。忍ですから。」
「…身体は休まるのか?」
「もう慣れっこでね」
さぁほら、と佐助は閂を外す。
「…、解せぬ」
「何がよ。ま、言いたい事は解るけど」
佐助はヤレヤレと溜め息を吐いた。
「人の様に休めって事でしょ?全く忍ってのはね、根本的に身体が違うの。だからね、」
「うむ、知っておる。だから今日、───俺も此処で寝る。其れにお前も添い寝をしろ。」
「…はぁ?」
佐助は気の抜けた様な声を上げて、苛ついた様に木戸を軽く叩いた。
「あのね、一体何処の城主が一介の忍と寝んのよ。」
「居らんだろうな。だが、居らんと言っても何が変わる?俺は俺だ。」
きっぱりと言い放った幸村に、
「───、…っもー…あんたねー…」
男前すぎっしょ、と悔しそうに佐助は頭を掻いた。
「決まりだな。」
にっこりと幸村は笑って、蒲団を引っ張り出した。
「埃っぽいでしょ」
「構わん。」
「寒くない?」
「佐助がもっと寄れ」
「ちょ、そんなくっ付かないでよ」
「嫌だ」
「もー……」
何時しか会話は途切れ
空は暁に滲む
互いに温もりを分けあいながら
静かに眠りに就いた
end...?
「ん……」
太陽の光に、少し眼を開ける。
「おはよう、旦那」
「む、ぅ…」
真横には、柔らかい佐助の顔。
「佐助……」
「何?」
「……何でもない」
「変なの」
(こんな日が続けば良いのに)
幸村は再び目蓋を閉じて、暫し余韻に浸った。
(……続けば…良いのに…)
穏やかな光が、二人を包んだ。
end
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