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指先に体温‖ミドリイロの闇の続き 単品でも読めます 佐+弁





俺の主は武田の人質だった。

ぼんやりと、ツイてないなと思った。

奇妙に一房だけ伸ばした髪と、好奇心に満ちた眼が印象的だった。

余り歳は変わらないだろうが、

随分童顔な餓鬼だと思った。

「緋色の髪…綺麗だな!」

開口一番、主の放った言葉が理解出来なかった。

「……?」

「『有り難う存じます』」

兄弟子がじろりと此方を睨んだ。

(ああこう言えば…って知らねぇよ)

微かに舌打ちして唇を噛んだ。

(最悪だ───)





**






「弁丸様、弱いです」

稽古をしたいと言って聞かない子供相手に、少し本気に成って仕舞った。

運動による興奮で、瞳孔が開ききっているのが自分でもわかった。

意外にすばしっこく、手強い、とまでは言わないが、嫌な汗はかかされた。

何の殺気も発せずに人間の急所を狙ってくるのだ。

なんとか組み敷いて、まだまだ未熟だな、とぼんやりと思う。

「俺が弁丸様の敵だったら、死んでますよ」

喉元に押し当てた苦無をギリギリと握り締めて、殺意を掻き消した。

「佐助…苦し……」

「あ、……申し訳御座いませんでした。」

苦無を引いて、佐助は唇を噛んだ。

其れは、主に対する反省ではなく、

子供相手に冷静さを欠いた己に対する自己嫌悪だった。

(───戸隠れに帰りたい)

餓鬼の相手をするために、此処まで来たんじゃない。

(ああ面倒臭い)

「いや、構わぬ。佐助は強いな!」

にこりとまるで太陽の様に笑う人間、



己の育った場所には居なかった。

(殺して、仕舞えば良いのに…)

何故か刃が鈍る。

「…強く成らなければ、死にますから。」

苦無を両手に持ち、主が立ち上がるのを待った。

「…ん、父上の為に、御館様の為に、修行有るのみ!」

ぐ、と再び槍を握り直し、此方に向き直った。

「馬鹿らし…いですよ」

思わず口から零れた言葉に、弁丸は当惑の表情を見せた。

「な、何がでござるか?」

仕舞ったと思いながらも、

面倒になって吐き捨てる様に言った。

「誰かの為に己を鍛え上げる等、何の強さにも成りません。其れは弱さだと俺は教わりました。貴方は道具じゃない。己を守る為に御鍛え下さい。」

誰かの為、それはつまり、失うものを作って仕舞うこと。

其れは何時か瑕(きず)に成る。

其れが何れ程の瑕か───

大切で有れば有る程に膿、爛れる。




眇た瞳で見詰め返すと、弁丸の身体が強張り、



───じわりと大粒の涙が溢れ出した。



「っ…うぁ──ッ!!」

「え」

今までも、こうした物言いは散散してきた。

よく解雇にならないなと自分でも思っていた。



只、───泣いたのは初めてだ。



「…っ」

俺は子供のあやしかた何か知らないぞ。

「さ、…佐助は…弁丸の事が嫌いか?!」

「は?ちょ…違いま、す、…けど…」

好きとか嫌いとか、そう云う問題じゃ無い。


俺は道具だろう?


「成らば何故其の様に…っ」

震える身体は幼くて、

全身から感情が溢れていた。

「何、ですか…」

堪えて居た思いが、一気に爆発した様だ。

「某は…───俺は、一体何が出来よう?!」

初めて、こんなにも声を荒げる姿を見た。

「弁丸、様…」

「俺は……佐助の様に強い訳でも無い…っ、しかし、俺は…戦わなければいけないのだ…」

ボロボロと流れる涙が、酷く痛々しかった。

「父上の為に…御館様の為に…、生きなければいけないのだ…!泣いてる…暇など…!」

幼い身体が、一身に溜め続けていた思い。


縋りたいのに

縋れない。


唯一、僅かでも身を寄せる事が出来たのは父でも、武田でもなく…



俺、だったのか。



「弁丸様…」

触れ様と伸ばした手に、弁丸は僅か怯えた。

「っ……」

其れでも、掴むのを躊躇ったら


全て手遅れに成りそうで。

「……っ!」

未発達の幼い身体を抱き締めた。

全ての居場所を求める様に、

弁丸は泣きじゃくりながら縋り付いた。

「佐助……っ、さす、け……!」

「な…泣かないで下さい。あの、えーっと…」

まるで熱の塊のように熱い。

「さす、けぇ…っ」

熱くて、指先から伝わった熱で、心臓が融けて仕舞いそう。


本当に人間の肌の冷たさしか知らなかったのだな。


弁丸は顔を伏せ、止まらない涙に戸惑うように俺の着物の襟を握り締めた。

「弁丸様…」

己を、こんなにも必要としてくれた人が居ただろうか?

道具に成れと叩き込まれ、

殺して、褒められて、


其れだけ。


嗚咽を漏らしながら縋り付く、

こんなにも小さな存在に


気付かされるなんて。


俺は、やっと抱き締めた存在の大きさに気付いた。


「弁丸様。…」

「んっ…、何、だっ?」

涙でグシャグシャに成った顔をあげることをせずに、

しゃっくりを堪えながらやっと返事をした。


そんな幼い主の顔を此方に向けさせて、

多分、初めて、一生分の愛情を込めて見詰めた。




「俺は…猿飛佐助は、貴方の傍にずっと居ますよ。」




弁丸は一瞬何が何だか判らないような表情をしたが、

直ぐに笑いながら涙を零した。

「成らば、…っ、俺はもっと強く成らねばな…!」

涙を、こんなに綺麗だと思ったことはなかった。







(俺は此の人の影として生きよう)





だから如何か、

此の方の辿る全てが

光に照らされます様に───




End


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