発見03
ノートの切れ端を握り締めたまま、俯せにベッドに沈む。制服を脱がないと皺になるかな。まぁシャツだからアイロンかければ良いだけか、なんて考えることさえも面倒臭い。考えてから、舌打ちする。
「本気かそうじゃないかなんて、後になってみなきゃ分かんないじゃん」
なんだよそれ。なにかの言い訳に聞こえた。木俣さんの膝の上で震える拳を、見て見ないふりをするのに必死だった。彼女は傷ついたのだろう。
「私は河本くんが好き。だけどちゃんと接してみなきゃ、好きって思いながらちゃんとした二人の時間を過ごしてみなきゃ、ただの憧れかどうかなんて……」
最後は声になっていなかった。泣いてはいなかった。僕を睨んでいた。どうしたらいいのか分からなかったけど、ここで引いたらいけない気がして、わざと深く溜め息を吐いた。
「確認したいの。どういう意味での好きなのか」
「んなこと言われたって」
ゴンゴンとノックする音。チャーハンが三つ運ばれて来た。少しだけ曇っていた空気が、一気に焼き豚の匂いに包まれる。ドリンクバーのコップも綺麗に三つ並べると、店員はなにか呟いて出て行った。ごゆっくりどうぞ、と言ったんだと気付いた。ファミレスみたいだな。くそっ。どうしろってんだ。
「……あ」
隣りで、柔らかに声が漏れた。沈黙をぶち破るには小さすぎる声だったが、僕も木俣さんもそっちを向いた。
「どうしたの、古畑さん」
僕はもう慣れて来たけど、彼女が声を発することに木俣さんはびっくりしたらしい。ぽかんと口を開けて、信じられないような嬉しいような、いろんな感情が入り交じったようにフルっちを見ていた。
「……あの、これ、チャーハン……に、エビが、入って……」
指が指し示す場所に、赤いエビがくるまっていた。他の皿を見ても、ちらほらと尻尾や頭が覗いて見える。ネギも焼き豚もエビも卵も、思い付いたものは全部詰め込んでみましたと、チャーハンは静かに主張していた。
「わ、私、エビ、食べれない……から、杉浦くん……に、あげるよ」
再び沈黙。ただ、さっきまでの気まずいそれとは違った。沈黙と言うより、時間が止まった、そんな感じだった。
「……なんか、ぶち壊し」
ボソッと口から出た木俣さんの言葉に、僕は笑いを堪えることが出来なかった。腹を抱えて椅子に寝込み、ゲラゲラと笑った。涙も少し出て来た。それに釣られてか、木俣さんも声高らかに笑い出した。フルっちだけがきょとんとしている。
「そうだ、そうだよな、うん、ありがと。フルっちの言う通りだよ」
難しく考えなくても良いのかもしれない。嫌いだから食べれない。食べれないからあげる。至って簡単な方程式。
「分かった、協力するよ」
拳を解き、その言葉を待っていましたと言わんばかりに、木俣さんはにっこりと笑った。さり気なくピーマンを僕の皿に避けながら。
「私、ピーマン嫌いなんだ」
それが今日の放課後の話。ベッドに寝転がったまま、作戦遂行のためにジュンに電話をかける。
「あのさ、ボーカル、木俣さんなんてどうかな」
木俣さんの作戦はこうだ。ジュンが困っていることがあったら、さり気なく登場して解決する。ありがとう、木俣さんって凄いな! こんなことまで出来ちゃうなんて! 新たな一面だぜ! これからも是非とも側にいて支えて欲しいぜ!とジュンが思えば成功らしい。
「だけど、ジュンは人に弱いとこ見せたり触れられたりするの、凄い嫌がると思うんだけど」
ビリビリとノートの上のほうを破り、なにか走り書きしながら木俣さんは自信満々に言った。
「だからこそよ。二人で力を合わせるのって素敵! 木俣さんとならなんでも出来る! 凄いんだぜーってなるでしょ?」
「ならないでしょ」
女子という生き物は恐ろしい。僕の意見は聞くだけ聞いて、全部無視だ。ジュンが今一番困ってるのはバンドのことだろうから、ボーカルに木俣さんを推薦してほしいとのことだった。
ちょいちょいとフルっちをつっつき、フルっちにもなにか書かせた。電話番号だった。
「いつでも連絡取れるようにしといてよ。あーあ、世の中には携帯電話なんて便利なものがあるのに……高校生からしか持たせてもらえないなんてね。杉浦くんとこは?」
「うちもそうだよ」
だから僕は今、家の電話の子機を部屋に持ち出して、ジュンに電話をかけているのだ。
「なんで木俣さん?」
「帰りに偶然会ってさ。それで思い付いたんだ」
用意しておいた適当な言葉を使う。あながち嘘でもない。
「一回歌ってもらって、考えるかな」
ジュンはだいぶ疲れ切っていた。声と話し方で分かる。
僕とジュンの仲だから、分かる。バンドでなにかあったのだろうか。それとも塾だろうか。というかそもそも、こんな時間に電話なんて非常識だったかもしれない。夜の十時。ジュンが塾を終えて帰って来る時間を見計らうと、どうしてもその時間になってしまうのだが。
「じゃあ木俣さんの連絡先、教えとく?」
のそのそと顔をあげ、握り締めていた紙切れに書かれた数字に目を落とす。木俣のぞみ。その名前の下の数字を読み上げようとした時だ。
「ちょっと待った。ミナト、なんで電話番号知ってんの? 木俣さんとそんなに仲良かったっけ?」
このパターンの切り返しは予想していなかった。どうしよう、連絡網だと言ってしまおうか、だが最近は個人情報なんとやらがどうとかで、前後二人分の連絡先しか載せられていない。僕の前後二人に木俣さんはいなかった。
「まぁ、いろいろとあってね」
いろいろってなんだよ!
自分の発言にツッコミを入れている場合じゃない。怪しまれるだろ、これは確実に。
「あ、フルっちか? 女子って意外なところで関係繋がったりするもんな」
「え、あ、そうそう。そんな感じ。去年一緒のクラスだったし、三月の終わりに女子で集まってなんかしようって話があったみたいだしね」
言ってから気付いた。去年の連絡網で前後二人に入ってたんだと言えば良かった。心底自分にうんざりしながら、ノートの切れ端に書かれた番号を読み上げる。じゃあまた明日、とジュンが先に電話を切った。人の好意を大切にするあいつが、ありがとうとは言わなかった。
「……なんか、心配でしょうがないんですけど」
報告の電話を木俣さんに入れる。あくび混じりに大丈夫だとなんの根拠もなく言う彼女の気が知れない。
「任せなさいって。なんとかするからさ」
根拠はないけど、彼女がそう言うと本当になんとでもなる気がする。この安心感を僕は知っている。知っているけど思い出せなかった。
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