発見02
時はゆったりと流れていて心地良かったけれど、どうも緊張してしまう。もう少しこうしていたい気持ちを堪え、机にかけたままの鞄を担ぐ。帰ろうか、発した言葉は差し込む夕日に溶け込んだ。
「……一緒に帰る?」
逆行で表情が見えないけれど、フルっちは頷いた。空のオレンジに包まれて、飛び立つ寸前の天使みたいだ。
一応帰る前にジュンに声をかけておこうと思い、化学実験室を目指す。僕の一歩後ろを僕の半分くらいの歩幅でちょこちょことついてくるフルっちは、まるでひよこみたいだ。一生懸命ついてくるのがいじらしくて、本来は歩幅を合わせるべきなのかもしれないけど、わざと少しだけ足を動かすのを早くした。
「あ」
演奏が大きく聞こえるにつれ、化学実験室を覗いている人物がいるのもしっかりと確認出来た。見たことある人だなぁと思っていたら、それもそのはず、同じクラスの木俣さんだった。
「きまた、さん?」
僕が呼ぶと、彼女は恐る恐るこっちを向いた。フルっちが恥ずかしそうに僕の影に隠れる。木俣さんは顔を強張らせたまま僕を凝視し、睨み付けながら近寄ってきた。
「え、あの、ごめんなさい!」
なんで僕は謝っているんだ。
だって、木俣がおっかないから。
とっさに背中のフルっちを庇う姿勢に入る。この緊迫した空気の中、申し訳ないけど演奏の音量に苛立ちを覚える。きっと僕らのやり取りなんて、ジュン達にはなにも聞こえていやしないだろう。
「杉浦くん、杉浦くんって河本くんと仲良いよね」
「は、はいっ」
「最近古畑さんとも仲良いみたいだけど……まさかどっちかと古畑さん、付き合ってたりするのかな?」
「は、いやいや、まさか」
後ろで小さくなってしまったフルっちの代わりに、僕は手を振りながら否定した。そんな風に思われるように見えるのかな。胸の奥がさわさわとくすぐったくなって、とろりと溶けて淡い色の液体になってしまいそうだ……と思ったのも束の間。品定めをするような木俣さんの鋭い視線で我に返る。
「本当?」
「本当、です」
何故僕は敬語になっているんだ。
木俣さんの迫力に圧倒されているからだ。
「じゃあ、その……お願いっ! 杉浦くんに話があるの、杉浦くんを男だと見込んで話すのよ、ねぇ、聞いてくれるよね?」
古畑さんも!
ひょいっと僕の後ろに顔を向け、突然振られた話にフルっちも引きつりながらぶんぶんと激しく頷いた。もちろん僕も。
こうだと決めたら聞かない彼女の性格は、二年間同じクラスだった僕らにお見通しなのだ。拒否権なんかハナッからない。なんか、いつもこうだよな、僕。
木俣のぞみ、十五歳。夢は一流デザイナー。今は恋する乙女です。まぁ、今更言わなくても知ってるよね、二人とも。
恋する乙女は知らなかった。
カラオケボックス独特の暗さが僕は苦手だが、仕方ない。諦めるしかなかった。木俣さんはごめんねーとか、でも良かったわーとか言いながら、チャーハンとドリンクバーを三つ注文したからだ。あたしの奢りよ。ノリノリの彼女を止められる人間なんかいない。
「でも意外。このメンバーでこんなところに来る日なんて、誰が想像したかしらね」
本当だ。確かに二年から同じクラスだった。フルっちはずっと一人で口をつぐんでいたし、木俣さんはクラスの中心に立ちたがる人間だし。僕は平和に穏便に毎日を過ごせりゃなんだっていいタイプだから、接する機会が全くなかったのだ。
「で、話って?」
向かいの席に座る木俣さんをチラッと見る。スカートが短いもんだから、中が見えそうで目のやり場に困る。だからって目を反らしてばかりいたらあからさまだし、どうしろってんだ。僕の隣りで珍しそうに部屋をキョロキョロ見渡すフルっちを見習え。確かにスカート丈は膝より上だが、じっくり見ていてもやましいことなんかないじゃないか。いや、そんなじっくり見ないけどな。もしかして僕、オヤジ臭い?
「率直に言って良いかな。あたしね、河本くんが好きなの」
「……は、そうですか」
じゃあ告白しに行けばいいじゃないか。なんて怖くて言えない。言っていないのに木俣さんは心の声を聞いたかのように、次の言葉を口にした。
「だから協力してほしくて」
「な、なにを?」
「だからぁ、まずは友達からって言うでしょ?」
これは失礼かもしれないけど、僕の目には木俣さんは軽そうに見える。スカートからも性格からも。
性格からもなんていうのは僕の偏見でしかないだろうけど、ジュンほど目立つ奴のことなら、軽い気持ちで好きだと思い込んじゃう子も多い。
そんなお遊びみたいな、一時の気の迷いには付き合っていられない。友達になりたいにしても、友達って、作ろうとして出来るものじゃないじゃないか。友達になる奴とはなるし、ならない奴とはならないんだ。これだけは断らなければ。
「悪いけど、そういうのは自分でなんとかしてくれないかな」
大丈夫だよ、木俣さんくらい明るくて元気な人なら、自分でなんとか出来ると思うよ。
友達になるならないの境界線とか、本気の好きとか愛してるとか、僕は良く分からないし難しいことだろうけど、木俣さんなら大丈夫。きっと大丈夫。
僕には分からなくてどうしようもなくて、そのくせ偉そうな意見だけ持っているようなことでも、出来る人には出来る。それは良く知っていた。ジュンがその「出来る人」に分類されるから。一番近くで見て来たんだ。痛いほど、憎いほど。
だから分かる。「出来る人」と「出来ない人」の区別くらい。僕みたいな人間かジュンみたいな人間か、それだけなんだ。
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!