[携帯モード] [URL送信]
接近02
 僕が選ぶとなると、男子はもう関係ないやとばかりに雑談に花を咲かせ出した。女子は選ばれないだろうという自信をどういうわけか持っているように見える。ますますやりにくい。
 学級委員を睨んでやりたかったけど、彼らは思った以上ににこにこしていてためらわれた。僕は教室中を見渡した。三回くらい見渡して、ある一人で目が止まった。彼女はこの時間が始まる前からずっと本を読み続けている。

「……古畑さん」

 思わずぽつりと呟いただけだというのに、うるさいくらいのざわめきの中からジュンの地獄耳は掬い取ったらしい。僕が出した名前を学級委員に挙手をして告げた。

「古畑さんだそうでーす」

 あまり良い意味とは言えない静けさが突如訪れた。学級委員は少し首を傾げたが、空気に耐え兼ねたのか、古畑さんに話を振った。古畑さんはこくりと頷いた。

「それでは実行委員は、杉浦くんと古畑さんに決定です」

 学級委員はやっと決まったと嬉しそうに拍手をしたが、誰も拍手をしなかった。僕は立ったまま古畑さんを見ていた。古畑さんは相変わらず本を読み続けている。ジュンは拍手こそしなかったが、誇らしげに微笑んでいた。
 昼休み、教室の蒸し暑さから逃れようと、ジュンを誘って裏庭の木陰へ行こうとした。

「悪いけど、ライブ近いから練習しなきゃなんないんだわ」

 僕はちゃっかりライブのチケット予約をして、頑張れよとジュンを見送った。一人で行くのもなんだなかぁと思い、誰かを誘おうとしたが、ほとんどみんながもう食べ始めていた。諦めようと思った時、古畑さんが目に写った。本をぱたんと閉じて、ちょうど弁当袋を広げようとしているところだった。
 僕と古畑さんは三年間同じクラスだ。彼女が誰かといるところを見たことがなければ、彼女の声を聞いたこともない。
 廊下側一番前の席の古畑さんの目の前に立って、軽く呼んでみた。くりっとした瞳に、僕が写っている。

「外で食べようと思うんだけど、良かったら一緒にどうかな」

 ぱちくりと一度だけ瞬きをして、古畑さんは大きく頷いた。僕はふふっと笑った。
 それじゃ行こうということで、古畑さんの弁当袋を持ってあげる。古畑さんはさっきまで読んでいた本を持って行こうかと迷っていたようだったけど、結局持たずに僕の後ろをちょこちょことついて来た。彼女は思ったより身長が低いことを知った。
 裏庭の木陰は静かでゆったりと時間が流れていて、意外と人に知られていない、最高の場所だった。というより、何故か裏庭には誰も来ないようだ。鯉が泳いでいる池があることも、秋にはバッタがたくさん捕れることも、誰も知らないに違いない。僕とジュンは暇さえあれば、ここで多くの時間を過ごす。二人だけの場所のようなものだけど、古畑さんなら誘ってもいいような気がした。僕はそのことを古畑さんに話した。古畑さんはただ黙って頷いた。

「さ、食べようか」

 古畑さんの弁当は「女子の弁当」という感じでありながら、変に可愛らしいわけでもなく、シンプルな感じだった。彼女はそこらの女子のようにフォークを使わず、きっちり正しい持ち方で箸を持って食べた。
 僕は勝手に推薦したことを謝った。古畑さんは首を横に振った。僕はいろんな話をしたけど、古畑さんは首を縦か横かに振ることしかしなかった。だからと言って、僕を煙たがっているような様子はなかった。少し誇らしかった。
 だけどだんだん、古畑さんの声を聞いてみたくなった。中学に上がると同時に遠くの県から引っ越して来た彼女の声は、学校の誰もが聞いたことはなかった。一年生の最初の授業での自己紹介の日は、風邪かなにかで欠席していた。

「そういえば三年間同じクラスだけど、話すのは初めてだよね」

 弁当箱に一つ残された卵焼きをつつきながら頷いた。

「下の名前、なんて言うの?」

 卵焼きが口の中に入って、ぴたりと動きが止まった。ゆっくり噛んで飲み込んだ後、意を決したかのように震えながら口を少しだけ開いた。それと同じタイミングでチャイムが鳴ってしまった。昼休み終了のチャイムだ。僕は少しがっかりしたけど、まだ時間は充分あるからと急がないことにした。

「戻ろうか」

 古畑さんは安心したみたいに頷いた。僕は来た時と同じように弁当袋を持ってあげた。教室についてから、古畑さんはぺこりと頭を下げた。

[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!