接近01
中学最後の文化祭。僕はそこに全く熱意を感じない。だから実行委員の選出にも、さほど関心を抱かなかった。
「立候補はありませんかー?」
学級委員は教壇の上で、同じ台詞を呪文の如く繰り返している。僕は真ん中の列の一番後ろという、教室全体を見渡せる席にいるから分かったけど、クラスの誰もが誰でもいいんじゃないのと言いたげに雑談をしていた。
「ミナト、お前やれば?」
前の席のジュンが小悪魔のような笑みを浮かべながら振り向いた。デコピンをお見舞いしてやる。
「爪が刺さったんですけど」
「ごめん、爪切ってないから」
「心が籠ってないぜ。まぁ、俺とお前の仲だ。許してやるよ」
「俺とお前の仲とやらなら分かるだろ。僕は絶対やらないからな」
頬杖をついてジュンを睨んだ。ジュンは不満そうにため息を吐いて、でもさぁ、と話を続けた。
「誰かがやらないといけないんだしさ。学級委員とか生徒会とかのメンバーは駄目なんだろ? しかも明後日にはもう実行委員会があるみたいだしよ」
こんな話し合いが延々と続くなんて俺はごめんだね。最後は吐き捨てるような言い方だった。じゃあジュンがやれよ。僕のツッコミは笑って流された。中三の夏休み前という大切な時期。部活も勉強もラストスパートをかけ始めなければならない時期。ジュンは軽音部の部長だった。そしてテストの点数も下がり気味だった。
「立候補がないなら推薦はありませんかー?」
教室中のざわめきが増した。はいはーいと元気良く手を上げ、からかい半分で仲の良い友達を推薦する奴が現れ出した。だからこの手は使いたくなかったのにと言いたそうに、学級委員は渋々と上げられた名前を黒板に書いていた。
呆れながら推薦された奴等の顔を見る。
本当に迷惑そうだ。推薦した奴等の顔を見た。本当に楽しそうだ。
「しゃーねぇなぁ」
やれやれという感じではありながらも、ジュンは口元を緩めながら立ち上がった。
「みんな、下らない推薦ごっこはやめよう。自分がされたら嫌だろう? そうやって嫌々選ばれた実行委員を中心に、文化祭で本当に楽しめると思うのか?」
ジュンの言葉に、教室中がしんと静まり返った。ぽかんと口を開けながら、みんながジュンの第二声を待ちわびている。
「良く考えて推薦してみようと思わないか? やってくれそうな奴を選んでみないか? それでこそ本当に最高の思い出が出来るんじゃないのか?」
何人かはうんうんと力一杯頷いている。また何人かは目をキラキラさせながらジュンに見惚れている。女子の大半はぽーっと頬を赤らめている。
「よぅし! もう一度推薦しなおそうじゃないか!」
おー! と掛け声が湧き上がった。女子からは黄色い声が飛び交った。みんなが周りの奴等と誰が良いかと話し出した頃、ジュンは満足そうに座って僕に向かってウインクをした。お調子者め。
上げられる名前は誰の口からも「河本淳一」だった。名前を上げる度にみんなはわくわくしながらジュンをチラッと見て、ジュンはありがとうと手を振った。お調子者め。
「河本くんという意見が多いですが、河本くんはどうですか?」
学級委員にそう言われると、ん? というようにジュンが前を向いた。ずっと後ろを向いて僕に「参ったね」とか「困っちゃうぜ」とか、満更でもなさそうに言っていたのだ。その度に僕は「馬鹿か」と言い続けた。そろそろ飽きてきた頃だったから、学級委員にお礼を言いたいくらいだ。
「俺もやりたい気持ちはたくさんなんだけど、一応軽音の部長なんだよね。確か部長も実行委員、出来ないんじゃなかったっけ?」
みんな頭にはてなを浮かべている。
軽音部は存在自体はそこそこ目立っていたけれど、「部活動」ではなく「趣味バンド」と思われているのだ。あれって部活だったんだと新たな発見に喜ぶ半面、せっかく出たみんなが認める推薦者が駄目になったとがっかりしている。
「みんな、そうがっかりしないでくれよ。みんなが認めてくれたこの俺が認める奴に任せたいと思うんだけど、どうだろう」
みんなの顔色がまた明るくなる。誰だろうとざわざわする声を止めて、ジュンは僕を見下ろした。教室中の視線が集まる。一瞬、状況が理解出来なかったけど、すぐに分かった。
「杉浦南斗くんを推薦しますっ!」
わぁっと拍手が沸き起こった。
杉浦南斗? 誰だ。僕だ。
「ちょっと待てよ!」
確かに僕は委員会も生徒会も部活もやってないし、受験は今の成績で受かる高校ならどこだっていいと思ってるけど!
「では、男子の実行委員は杉浦くんに決まりました。女子は誰かいませんか?」
拒否権なし?
「女子は杉浦くんが決めれば良いと思いまーす」
誰だ、今、変な意見を提案したのは。
「そうですね。杉浦くん、女子は誰が良いと思いますか?」
ちくしょう。学級委員め。
というかこれはなんというか、凄く困る。真面目にやってくれそうな子を選ぶのが良いだろうけど、下手に選ぶと好きなんじゃないかとか噂され兼ねない。そうなったとしてもならなかったとしても、相手の女子に迷惑がられることは目に見えている。ジュンはもうすっかり前を向いて、あとはよろしくと背中で語っていた。
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