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イケメン脇役Aの後悔
最近彼女は笑わなくなった。
口元に笑みが浮かばないとか、目が笑ってないとかそういうのじゃなくて、なんだろう、何となく雰囲気っていうかそう言う彼女のもっていたやわらかさみたいなのが感じられなくなった。
きっと周りは気が付かないほどの小さな変化なのだと思う。
それでも俺が気が付いたのはその変化が彼女に起きたものだったからなのだろう。
「彼方(カナタ)君、なぁに難しい顔してるの?悩み事?」
真横、隣の席から聞こえてきた声に意識を向ければ彼女が少し首をかしげていた。
目元が僅かに赤い。悩み事があるのはそっちでしょ?と聞きかけてやめた。
「別に……ただクリスマス誰と過ごそうかなって」
「さっすが彼方君、悩むほど相手がいるんだー」
「そうじゃないけど」
「謙遜しちゃって、可愛い子たちからお誘いされてんでしょ」
「……夕日(ユウヒ)は?」
「ん?」
「クリスマス」
聞いてから、彼女の顔を見て、あ、と思った。聞いちゃいけない質問だった、彼女の取り繕ったような表情が少し崩れる。
「えーと……私は、一人かなぁ」
「そう、なんだ」
「ハハ、私も彼方君お誘いしようかしら」
「っ……夕日の誘いなら一番に優先するのに」
「なるほど、そうやって女の子を口説いてたのかぁ」
おどけたように笑みを浮かべる彼女を見ているのが痛い。俺なら、誰よりも彼女に優しくするし何よりも優先するのに。
助けてって、そう一言心を見せてくれたら何処からでも救ってあげるのに。
彼女がそれを望んでいないことだけが伝わってくるから俺は前にも後ろにも進めない。
「もーほんとどうしちゃったの?泣き出しそうな顔しちゃって」
「何、でもないよ」
だって彼女が泣かないから。
四日後のクリスマスの夜、結局どの女の子とも過ごす気になれず男友達と集まっていた。
「んでぇクリスマスの夜にヤローだけでケーキ囲まなきゃなんねぇんだよぉー」
委員長がベットにもたれかかりながら言った。飲み始めて10分で酔えるなんてさすが委員長だ。
「委員長に彼女がいないからでしょ」
「来年はぜってっぇ彼女つくってやるぅー」
「はいはい」
「どーせぇおまえは引く手数多だもんなぁ」
「はいはい」酔っ払いのクセに難しい言葉使うなよ。
「彼方のどこがいいんだよぉーもぉやだぁ〜」
「はいはい」
俺のおざなりな返事が気に入らなかったのか委員長は俺の隣に座っている龍に絡みはじめた。なんとめんどくさい奴だ。
「りゅうー、かなたがぁおれのはなしぃきーてないぃー」
「聞いてますよ。多分……彼方君、委員長ってこんなんでしたっけ?」
「あ―――、こんなんだよ、うん」
「そう、ですね」
「な〜ぁ〜かなたぁさけー」
テーブルに伸ばす委員長の手が酒に届く前に酒を持ち遠ざける。
「だめ、それ以上飲むな」
「彼方君は飲まないんですか?」
「俺高校生なんで」
「……この前飲んでましたよね。高校生君」
「気のせいだよ。龍は酒強いのか?酔わないな」
疑わしげに言う龍に俺はしれっと返しせっかくホールで買ったのに誰も食べないケーキに手をつける。
「そんなことないですよ、委員長ほど弱くはないですけど」
「あぁ、あれはないな」
龍と話しているとテーブルの上のケータイが震えた。
わざわざ断りを入れなきゃいけないような仲でもないので携帯の通話ボタンを押してから廊下に出る。後ろで叫んでいる酔っ払いの声は聞かないことにした。
「もしもし、どうしたの夕日」
「よかった、か、なたくんがで、てくれなかった、ら、ど、しよかと」
明らかに途切れ途切れにつむがれる声に焦った。心拍数が尋常じゃない。
「どうした!どこに?!」
「ヒックごめ、――っ、ちょっと、うごけ、そになくて」
「わかった!わかったから場所わかる?」
「がっこ、うらの、みち」
「すぐ行くから!電話切らないで!」
「ごめ、ごめんね」
携帯を片手に持ったまま荒々しくドアを開けた。
「龍!バイク」
俺が言えば龍はポケットから鍵を取り出し俺に渡す。
「すいません僕は飲んじゃってるんで、気をつけてください」
バイクに乗った数は少ないがそんなこと気にしてる余裕もなく家から飛び出した。
夜の道は暗いがよく知った地元なのと人通りが少ないのが手伝って学校裏まで5分かからずについた。ここからはおりたほうが動きやすいと思いバイクを止め人気のない暗がりを必死に探した。
微かだがだが一本道を入ったところから息が聞こえる。急いで行くと彼女がいた。
「夕日!」
「……かなたくん」
壁に背を預けるように座り込んだ彼女の手足には縛られた跡と痣、頬に伝う涙は静かに服へと染みをつくっている。
彼女が望んでいないことは知っているけれども、それでも今にも消えてしまいそうな彼女を前に耐え切れず小さな体を抱きしめた。
「ごめん、夕日どうしたの?誰にやられたの?」
聞いたら彼女を傷付ける、きっと俺も傷つくことになるそう思ってずっと聞けなかった。
「ちが、私が怒らせるよなこと、しちゃったから」
「彼氏、だよな」
気が付かなかったわけじゃない、彼女が笑わなくなったと思ったのと同じくらいに彼女の首筋には度々キスマースがついていたから。何となく予想はしていた。
彼女がその彼氏の一番じゃないこともクリスマスに一人だと答えた彼女を見て何となくわかった。
「彼が今日電話かけるなって言ったのに、」
俺は彼女の手が何かに耐えるように強く握られているのに気が付いて話は家でしようか、と言い彼女をバイクに乗せ家にもどった。
気を利かせてくれたのか家に2人はいなかった。明日龍にバイクを返しに行かなければ行けない。
歩くのすら辛そうな彼女を支えながら部屋へと通し傷の手当をする。ある程度落ち着いたのか涙はもう乾いていた。
「ごめんね彼方君」
「なんで誤るの」
「迷惑かけた」
「じゃぁ、話きかせて」
彼女は少し俯きながらもゆっくりと話してくれた。彼氏の事をどれだけ大切に思っているか、彼氏の気持ちが自分に向かないことにどれだけ悩んでいたか、あとは、彼氏からの暴行は今回が初めてだってこと、彼氏には大切にしてるひとがいること、それでも彼氏は彼女を愛そうと努力してくれているんだということ。
……彼女自身、矛盾ばかりだときがついてることを。
「なぁ、辛いならやめなよ」
「…」
「俺にしなよ、俺なら無条件で愛し続ける」
言ってしまえば簡単なことだった。何故今まで手を差し伸べられなかったのか。
「ごめん……でも私幸せだから」
あぁ、そっか。彼女が手を取らないことを知っていたからだ。
俺じゃ例え助けを求められても彼女を救えないのだ、ならば俺に出来るのは手当てできない傷をえぐることじゃなくて、彼女が隠す傷口に気が付かぬフリをすることなんじゃないだろうか。
彼女が少しでも居やすい空気をつくることじゃないだろうか。
「俺を振るなんて世の女の子達が聞いたら怒るよ」
少し笑いながら言う。
見た目がいい自信はある。女子にモテてる自覚もある。頭だって運動神経だって人並み以上だ。
「そうだね、彼方君の隣に並ぶ子はきっと世界一幸せだね」
でも本当に欲しいものが手に入らないんじゃなぁ。
その世界一幸せな女の子にしてあげるって言ってるのに。
「ほんとだよ夕日、絶対いつか後悔するよ」
「大丈夫、とりあえず彼方君よりは幸せになってやるって決めたから」
「ふーん、期待しないでおく」
「そこは期待してよー」
「だって俺よりいい男なんてなかなかいないよ」
「すごい自信ね」
「事実でしょ」
彼女は久々に俺が大好きだった優しい顔で笑ってくれた。
なんとなくだけど俺は、俺らは前に歩き出したんじゃないかって、そんな気がした。
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