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青春ベル
押したい………


目の前の赤いボタンを見つめながら勝手に高鳴る胸を必死におさえつける。


駄目だ。


ふっと息が漏れる。


指先がゆっくりとボタンに触れる。


心拍数が上がっていくのが自分で解る。


「なーにやってんだ?」

急に聞こえた声に肩がびくりとはねた。

「!!…し、のや」

「おう」

振り返ればそこにはクラスメイトの志野矢がいた。

み、られた…。

「で、なにやってんのー?」

今まで10数年間必死で隠してきたのが水の泡だ。

いつからだったかは忘れてしまったが、気が付いた時にはもう手遅れというほど非常ベルをならしたくて仕方が無かった。

理由なんて多分無い。

例えば、昨日の夜しっかりと寝てそれでも授業中どうしても眠たくなってしまったような、そんな感じ。

体の奥のほうから熱くなる感覚を今まではなんとか平常を装って自分に嘘をつくことでごまかしてきたのに、なぜか今日は我慢がきかなかった。

しかもそれを見られるなんて…最悪だ。

自分でもおかしいことくらい分かってる。

「なぁ、大丈夫かお前、ぼーとしちゃって」

「え、あっと、なんでもねー」

「ならいーけど、吉宏よく非常ベル見てんし」

「見てねーよ」


志野矢が俺の真横に移動して、俺の身長に合わせるように少しかがむ。

「嘘つけ、……押してぇんじゃねーの」

さっきよりも低い声が耳元で聞こえる。

こいつは何がしたいんだろうか。俺が変なやつだと言いふらしたいのか、それとも俺に押させて先生にでも言うつもりなのだろうか。


「押しちゃえばイーじゃん、」

「な、何言ってんだよ!!んなことできるわけ…」

「やっぱ押してぇんだ」

「ちがっ…………くもねーよ、あーもう」


もういいや。

どうせばれてんだし、なんかめんどくせーし。

「……まじ?」

「あぁ、そうだよ!押してーよ!言うなりなんなりすりゃいいじゃん」

「…………………」

「なんとか言えよ」

「いや、ほんとだとは思わなかった」


志野矢は少し考えるようにうつむく。

「は?」

「ちょっとからかったつもりだった」

あれ、ばれてなかったの。俺が先走ったの?もしかして自分でばらしちゃったの?

「もしかしてさ、今までずっと」

「…や、まぁ」






「押そう!!」

「え」

「若気の至りって感じで何とかなんだろ」

「なに、いってんの」

「ほら、ポチッといってみよーぜ俺も共犯だ、びびんなって」

「は、え?」

展開が速すぎる、何言ってんだこいつは、頭のねじでもとんだのか絶対そうだそれしかありえない。

でも。

それにしても甘美な言葉だ。

俺が今まで悩んできたことなんてたいしたことじゃないと言うような。


……押しちゃっていいかな。

さっきまでの脳をゆっくりどろどろにしていくような、そういう感じじゃなくて、背中から一気に這い上がるようなゾクゾク感。


小さい頃にした悪戯のあとみたいな感覚。


やばい、興奮するかも。


少しの間非常ベルをみつめてから志野矢を見る。


にこりと笑ってコクリと頷いた志野矢に後押しされるように指先をボタンの上にのせる。


緊張する。


押したらスッキリすんのかな。

10数年悩んできたことの答えを今出そうとしてるんだ。

ずっと押したかった。もちろん今だって押したくてたまらない。


けど、押してどうなんの……。

もし見つかったら、俺だけじゃなくて志野矢まで怒られて。

志野矢まで巻き込む必要が何処にある。

少しだけ指から力が抜ける。


「うわぁっ!!」

志野矢がいきなり大声を出す。

ビックリして全身に力が入る。


ポチ

え?まじ?


ジリリリリリリリリリリリリ!!



「押しちゃったなー」

「??」

「すぐ先生達も来るだろうし…行くぞ!」

志野矢は突然の事に反応しきれない俺の右腕をつかんで勢い良く走り出した。


ハンパない。ばれるかもしれない緊張感と全速力で走っているせいで上がる心拍数。

うっかりすると呼吸さえも忘れそうになる。

「はぁ、もぅ…だ、いじょぶ、ハァ…だろ」

数十分走ってついた川で2人してしゃがみこむ。

「どうよ、念願だった非常ベルの感想は」

ある程度落ち着いてきたところで志野矢が楽しそうに口にする。

「さいこー」

「そりゃ、いかった」

「こんな簡単なことだったんだな」

「まぁ、先生達は苦労してんだろうけどな」

「それをいうなよ、悪いとはおもってんだから」

「嘘ついてんなし」

一通り笑いあい仰向けにねっころがる。

石のせいで背中が痛い。

「まぁ、でもさ、ありがとよ」

「どーいたしまして、大切なお友達のためだからなー」

相変わらず志野矢は楽しそうだ。

「俺、多分もう非常ベル押してぇとか思わないと思うんだ」

「んーそかそか、成長したってことじゃねーの」

「わかんねーけど感謝してる」









「帰るか」

一言いって立ち上がると志野矢も起き上がった。

「俺んち遊びこねー?」

後ろからする声にめんどくせーと言葉だけで返す。

「ケーキあるぜ」

何でこいつは俺の好物を知ってるんだ。

「ショート?」

「おぅ」

「……行く」

決して食べ物に釣られたわけではない。

「俺さぁお前と友達になれたらきっと面白いだろうと思うんだよね」

「ねぇよアホ」

耳の奥で僅かに聞こえていた非常ベルの音が止んだ気がした。





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あきゅろす。
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