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それだけの事
まあいっか

それが私の口癖だった、この世界におきるほとんどの事に興味がなかった。

なぜ?

なんて聞かれたら困る。

だって理由なんてないから。答えられない。

私とは真逆の奴が私の目の前に座っている。

彼はこの世の理不尽さや矛盾、どうしようもなかった犠牲を悲しみを、ただ言葉にして嘆く。

彼は酷い人間だ。

周りから見れば酷い人間は私なのだろう。別にそれを否定するつもりは無い。

私は時々彼を恐いと感じる。

彼は、何度も何度も私に自分の考えを訴えた。

それは、実現不可能なただの理想で、実現したら素晴らしい想像だった。

けれど、その訴えに彼自身は一度も出てきたことがない。

つまり、彼の考えは彼のなかでも私と同じフィクションで、ありふれた一つの物語でしかないのだ。

作家である彼にとって彼の思想はもはや才能で、彼の書く物語は飛ぶように売れる。

彼は自分の考えを絶対になしえない空想だと信じ物語を書き進める。

彼は人生における勝ち組と言えるだろう。

それを、彼自身もわかっているのだ。

だから彼は皆が幸せになれるであろう空想をえがきながら、今この世の中に生きる不幸な人達を見下しながら、自分の幸せをかみ締めている。

私はそう思わずにはいられない。

彼にとって今を生きる人間、否この世の全てのものは彼を幸せにするための道具でしかないのだ。

彼は、視野の狭いかわいそうな人で、子供の無邪気さと大人の賢さを持った恐い人で、何より可愛らしい人だ。と私は思う。

まぁ、だからなんだって話でもあるのだけれど。

「君は今幸せですか?」

目の前の彼が、彼の一番の商売道具であるノートパソコンから顔を上げてまっすぐに私の目を見る。

今度はどんな物語を文字にしているのだろう。

私は彼の質問の意図が読めないまま、それでも答えてあげるためにコーヒーを口から離しテーブルに置いた。

「多分幸せです」

世の中の多くの人が彼の物語を面白いと思うように、私も彼の書く物語が好きなのである。

このコーヒーは彼の好むものと同じだ。

私は彼の好むものが好きだ。

彼はどうだろう?やはり彼にとって私は、世の中の多くの人と同じ道具でしかないのだろうか。

声に出すまでも無い。

答えは出ているも同然な問いだった。

「僕よりもですか?」

少しだけ驚いた。

彼の話に彼自身が出てくるなんて、日食なみに珍しい。

「・・・はい、貴方よりきっとずっと幸せです」

特に意味は無い。

何となく彼に反抗してみたくなった。それだけだ。

「そうですね。きっとそれは正しいです」

今日の彼はまったくもって彼らしくない。

息が詰まる。

「多分、今書いている作品が僕の最後の作品になると思います。」

彼は今まで見せたどの笑顔よりも穏やかで美しい笑みをうかべた。

彼が彼でなくなるようでとても不安な気持ちになった。

ほとんどの事に興味が無い私が唯一興味の対象としたのが彼だ。

その彼が彼でなくなってしまったら、私は多分世界で一番不幸な人間になる。

「僕、気づいてしまったんですよ。今の僕が全然幸せじゃないことに」

彼の書く最後の作品はきっと今までで一番売れる。

まだまだ若い彼が一生遊んで暮らしていけるだけのお金が易々と手に入るだろう。

「・・・実は貴方、私の事大嫌いですか」

私が言えば彼はいつものように笑った。

「大好きですよ、」

やっぱり彼は彼で、私は彼の物語が好きだ。

彼はきっと私の事を手放さない。

それは私が世の中の多くの人とは違う道具ではない玩具だからだ。

「やっぱり嫌いですよね」

もう一度聞けば、今度はにこやかに笑うだけだった。

「この作品、相当売れますよ」

そんなことは知っている。

「いつもじゃないですか。貴方には才能があるんですから」

当然だと言うように言ってやれば、なぜか彼は驚いたように一瞬動きを止めた。

次に彼は、彼にしては珍しく大きく笑った。何が面白いのかまったくわからないが、何かが彼のつぼに入ったようだ。

「アハハハハ!そういうことですか。僕もしかしたら幸せなんですかね!」

意味がわからない。

彼は何を伝えようとしているのか。それとも何も伝える気なんて無いのか。

「今回の作品の主人公誰だかわかりますか?」

私の予想が正しければ、それは彼だ。

彼自身が今まで考えてきた、言わば彼の脳内をそのまま物語にするのではないだろうか。

それなら売れると思った。

「貴方です」

どこか確信めいた何かがあった。

「クス、惜しいけれど不正解です。」

彼の言葉になぜか私の全てを否定された気がした。

彼ではない、彼が自信を持つ作品の主人公。

もしかして

「・・・私、ですか」

「正解です。ちなみに僕はこの作品においてただの引き立て役にすぎません」

「嫌です。そんな話は面白くありません」

私が崩されていく感覚がとてつもなく嫌だった。

「だと思いました。君は何か勘違いをしています。」

「どういう事ですか」

「僕には才能なんてありません」

「意味が解りません」

「文字にしたのはもちろん僕です。けれど内容を作ったのは君ですよ」

自分を落ち着けるためにコーヒーを口にする。

彼も主な話はここまでだとでも言うようにパソコンに視線をもどした。

はじめと何も変わらない。

彼は物語を書く。私は彼とおしゃべりをしながらコーヒーを口にする。

ここは私の小さな世界だ。

彼には才能がある。センスもある。彼が選んだ物で彼が書くならきっとそれは面白いのだ。


意味は解らないままでいい。

私が彼より幸せであるためには知ってはいけないことがたくさんあるのだ。

それだけのことだ。




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