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相合い傘なんて

新宿某所。

昨日までの晴天を引っくり返す、突然の雨。正臣は、人々が、小走りで屋根の下へと逃げていく様子を、ただぼんやりと見つめていた。
天気は予報では曇り。降水確率30%。確かアナウンサーが、折り畳み傘を鞄に入れていけと言っていたような気がする。生憎、正臣はその忠告を無視していたのだが。

お天気お姉さんごめん、なんて心の中で密かに謝りながら、屋根の下、そっと空を仰ぐ。


臨也から、仕事の話があると電話が来たのは、つい1時間前。
午後5時半に、臨也の事務所へ来いとのことだった。突然過ぎる呼び出しだが、実際暇だったので文句も言えない。

雨が降りだした頃は、正臣は幸いにも屋根続きの道を歩いていた。しかし、屋根が途切れた時、既に雨は、飛び出すことを躊躇うようなどしゃ降りになっていたのだ。

まだ時間もあるし、と雨宿りをし始めて、数分。雨は止むどころか、更に強くなりつつある。だらだらと屋根の雨垂れが目の前に落ちていった。

(これ、もしかしたらこのまま止まないかもな…)

今日は昨日よりも気温が低く、今は肌寒いくらいだ。雨に濡れていけば、風邪を引くかもしれない。それに臨也に迷惑をかけたくない―――というより、借りを作りたくなかった。

想いに反し、雨は止む気配を見せない。

(どうしようか…)

少し考えてみたが、今飛び出して行けば、まだましな方だろう、という結論に落ち着いた。
携帯を取り出し、時間を見る。液晶の上の端には17:18と表示されていた。
(走れば間に合うかな)
ぱしゃり、と目の前の水溜まりへと踏み出した。



―――はずだったが。

ぐい、と体を屋根側へと引っ張られた。思わずよろめくと、その肩を冷たい手が受け止める。

「やぁ、正臣君」
「臨也さん…!?」

聞き覚えの有りすぎる声。振り返ると、予想通り、今から向かう場所の主が居た。
事務所へ来る客へ向けるような、胡散臭い営業スマイルを浮かべているが、正臣を見つめてくる瞳はどこまでも真剣だった。
正臣の苦手な視線だ。

「何、してるんすか」
「正臣君が傘持ってないかもって思ったからさ、迎えに来てあげたんだよ」

正臣は別に頼んだわけでもないのだが、助かったのは確かだ。臨也に借りを作りたくない、という点では失態だが、風邪を引きたくないので、一応素直に喜んでおこう。と、心の中で前向きに捉えてみた。
たまには良いことするじゃないか。そんな軽い気で「ありがとうございます」と礼を言う。

(ん?)

そこで正臣は違和感に気付いた。
臨也が持っている傘は、一本だけだ。

「えーと、臨也さん。一応聞きますが、傘、何本持ってきました?」
「一本」
「…じゃあ、俺はどうするんすか」

半分睨みつけるような視線で臨也を見ると、臨也は「ああ、」と態とらしく両手を合わせて首を傾げた。

「ごめん、君の分持ってくるの忘れちゃったよ。いやぁ、まいったなぁ」

どこまでも態とらしい反応。

「…じゃあ、俺は雨ん中走ります」
「まさか、可愛い部下に俺がそんなことさせるわけないじゃない。俺の傘に入っていきなよ」

(やっぱり…)
臨也の子供騙し。そんなものに騙されるはずもなく、正臣は、溜め息を吐いた。

「アンタ、それが目的でしょう」
「あはは、バレた?っていうか俺が傘一本ってとこで気付いてたよねぇ。そうだよ。相合い傘したかったんだ」
「俺は嫌っすよ」
「えー。せっかく迎えに来たのになぁ」
「…」
「結構、手とか冷えちゃったし」

別に、本気で嫌なわけじゃない、と心中で呟く。ただ、少し恥ずかしいだけ。
だが、こういう気恥ずかしいことも、臨也は平気でする。自分でも、少し気にしすぎだと思ってはいるが、照れくさいのだから仕方がない。

(……ぶっちゃけ嬉しいけど、そう言ったら臨也さん調子乗るし…)

ぶつぶつと呟いてから、言葉を紡いだ。

「………まぁ、いいっすよ」


+:+


大切(一応)な人と肩を並べて、相合い傘。
正臣は、臨也のご機嫌な足取りを見つめ、本日二度目の溜め息を吐いた。
臨也の事務所ももうすぐだ。


「正臣君顔赤いよ?照れてるの?」
「…そうっすよ」
「あれ?今日はやけに素直だねぇ」

端正な顔立ちを楽しそうに歪めてにやにやと笑う臨也。
つねってやろうかと思ったが、あとでちまちまと嫌がらせされそうなので、止めておくことにした。

「…」
「ま、相合い傘はもうしないかもしれないけどね」
「え?」

臨也の珍しく感傷的な呟きに、正臣も思わず顔を上げた。

「だって、ほら。傘持ってると、手繋げないじゃん」
「臨也さん、馬鹿っすか。傘無くても手なんか繋ぎません。寧ろ手ぇ繋がなくて済むなら傘に感謝します」
「酷いなぁ…でも、そうかもね」
「え?」

どういう意味か問おうと、臨也へ顔を向ける。

臨也が、傘を少し低くしたかと思うと、唇が重なっていた。

「…っ!?」
「恥ずかしがり屋の正臣君の為に、傘はキスまで隠してくれるもんねぇ。感謝しなきゃ」

目の前でにやにやと笑っている臨也。頬がどんどん熱くなっていくのが解った。
事務所のマンションは、もう見える所にある。

「先、行ってますから…!」

正臣は雨の中、マンションに向かって走り出した。








gdgdでごめんなさい\(^o^)/


あきゅろす。
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