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殺されても構わないから


紀田正臣はそこに居た。

城とされた廃墟の中、事実上の玉座であるボロボロのソファーにただ一人、腰を下ろして。
その場所に居るときだけ、彼は将軍となる。
だから今も、正臣は覇気に満ちた鋭い眼をしていた。
しかし、その視線はただ、虚空の中を泳ぐ。
何かを考えているような、そうでないような、そんな曖昧な意識で、彼はただ、そこにいた。
何かをしに来たわけではない。なぜか、正臣はここに来たのだ。

「帰巣本能……、ってか」

たった一つの疑問に苛まれて、池袋をブラブラ歩いた末に来たのがこことは。
己の無意識の境地を、正臣は嘲った。

「まぁ、ここが君の巣であっても、間違いではないんじゃないかな。事実、君はここの王だ」

他人がいなかったはずの建物に、不意に響いたその声。
我に返った正臣は、それが聞こえてきた方を見やる。

「臨也さん……」

「やぁ。相変わらずすごい眼してるよね、ここにいるときの君は。将軍の威厳、とでも言えば聴こえがいいかな?」

好きなように言えばいいんじゃないですか。
自らが臨也と呼んだ男に、応える正臣。
その臨也はというと、正臣の方へと歩きながら、歪んだ笑みを浮かべていた。

「何やってるのこんなところで。黄巾賊の召集待ちとか?」

「いえ……、一人で街ブラブラしてたら、なんとなく来ちゃったんで、ボーッとしてたんスよ」

「へぇ?」

臨也が正臣の隣に座った。その振動で、ソファーが揺れる。

「臨也さんこそ、こんなとこに何しに来たんスか」

「あぁ、俺? 俺はね」

正臣が、いまだに前だけを眺めたまま、臨也に尋ねる。
将軍の玉座に、我が物顔でどっかりと腰を下ろした臨也は、正臣の様子を横目で見ながら言った。

「ただ君に会いに来たんだよ。正臣君」

「……なんか俺に用でも?」

「用件がなきゃ、会いに来ちゃいけない? 恋人同士じゃない。君に会いたくなった、ただそれだけ。他にはなんにもないよ」

「そうっスか」

そのまま、また考え事に耽ろうとして、正臣はあることに気づいてハッとした。
素早い動作で臨也の方を見る。

「俺の居場所を、どうして臨也さんが?」

自分がどんな顔をしているのか、正臣にはわからない。
だが、彼の顔を直視したであろう臨也は、声を上げて笑った。
さっきと全然眼が違うよ、と。

ひと呼吸おいて、話し出す臨也。

「会いに行こうとしたら、街でを君を見かけてね。声をかけようと思ったんだけど、正臣君、珍しく暗い顔してるもんだから、心配になってこっそりつけてきちゃった」

どうやら見られていたらしい。あの鬱屈なときの表情を。
正臣は苦笑して、ため息をついた。
けれど、臨也を心配させた顔も、そんな表情をするハメになったのも。


――実はあんたのせいなんですよ、臨也さん。


「……ひとつ、聞いてもいいっスか」

「何?」

体ごと、正臣は臨也に向き直る。
そして、力強い、しかしどこか見栄をはったようなまなざしで、正臣は尋ねた。

「臨也さんは、どうして俺を好きになったんですか?」

臨也は目を丸くした。予想外の質問だったらしい。
驚いた臨也の目が、二、三回まばたきしている間も、正臣の真剣な視線は、そこを見つめたままだった。

「君が暗い顔してたのも、ここでボーッとしてたのも、もしかしてそれのせい?」

「悪い、ですか」

改めて核心を突かれ、正臣は急に恥ずかしくなって、臨也から目をそらした。
心なしか、彼の顔が赤い。
そんな正臣が愛おしくなって、臨也は頬を緩ませる。

「何も悪くないよ。むしろかわいい」

「や、やめてください!! かわいいとか……」

「だって本当だからさ」

恋人の顔をのぞき込むようにして、臨也は正臣の頭を優しくなでる。
耳まで真っ赤になった正臣は、もう臨也を直視出来なくなった。

「ねぇ、正臣君。バジリスクって知ってるかい?」

「……は?」

唐突すぎる問いかけに、正臣は目だけを動かして臨也を見た。
わけが分からない。そう言いたげに。
けれど目は合わせない。恥ずかしかしいから。

「バジリスク。聞いたことないかな? 想像上の動物なんだけど」

「知ってます。確か、目を合わせただけで、生き物を殺す蛇だかなんだか」

臨也がうなずく。
そして、さらにわけのわからないことを口にした。

「今の俺はね、君に殺されたも同然なんだ」

それを聞いた瞬間、理解に苦しむ正臣の顔が歪んだ。


蛇で、眼で、俺が、臨也さんを、殺した?


難しい顔をする正臣を、臨也はまた、笑った。

「ごめんごめん、君の中で、今の話が全く繋がってないみたいだ。ちゃんと説明してあげるから、聞いて?」

まだ自分の中で、整理しようとする正臣だったが、臨也がそう言うので、考えるのをやめることにする。
うなずく正臣の柔らかい金髪を、もう一度くしゃりとなでて、臨也はしゃべりだした。

「俺はね、君の眼が何より大好きだ。色んな君を見せてくれるその眼がね」

「俺の……、眼?」

「そう。黄巾賊の将軍としての鋭い眼や、驚いたときに丸くなる眼。困ったときのモノにも、笑ったときのモノにも、俺は君の、全てのまなざしに心を打たれた」

頭をなでていた手で、臨也は正臣を、自分の方へ向かせた。
二つの視線がかちあう。

「君の眼に、俺は心を殺されたんだ」

面と向かって言われ、その照れくささで、正臣は臨也から顔をそむけたくなる。
しかし、彼の頭を固定する臨也の手が、それを許さない。

「けど、俺はそれでもいいと思った。むしろ君に殺されるなら本望だ。正臣君になら、心も理性も殺されてもいい。それでも構わないくらい、俺は君のその眼に、そして君に魅入られたんだよ」

「臨也、さん……」

穴があったら隠れてしまいたいくらい、正臣は恥ずかしかった。
本当は嬉しいのかもしれない。
けれど、ここで素直に喜んだら、臨也に負ける気がして、正臣は悪態をつくことしか出来なかった。

「……よく、そんなこと、恥ずかしげもなく言えますね」

「そりゃあ、俺は君を愛してるからね。なんだって言えるよ」

顔を火照らせた恋人が、愛らしくてしょうがなくて、臨也は思わず正臣を抱きしめた。

「ちょ、ちょっと、何してんスか!!」

「ねぇ、正臣くん。俺も聞きたい」

正臣の抵抗を遮って、彼の耳元で臨也がささやいた。
より近くで聞こえるその声に、正臣が身を震わせる。

「俺にも教えて? どうして君が、俺を好きになったのか。好きでいてくれるのか」

臨也の肩の上で、正臣は目を閉じる。
心の奥にまで響きそうな、臨也の声音が心地よい。
その余韻に浸りながら、正臣は口を開いた。

「俺が臨也さんを好きなのは、あんたが今日、俺に会いにきた理由と同じくらい、単純なんです」

「へぇ、何なの?」

ただ抱きしめられていただけの体から、正臣は臨也の背に両腕を回して力を込める。
そして、大きく息を吸い、吐いて、言葉を紡いだ。

「あんたが俺を好きだって言ってくれるからですよ。臨也さん」



――あぁ、きっと俺だって、この人の言葉に殺されてる。






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