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独りじゃ生きられない


「つまりはね、人間って旅鼠みたいなモノじゃないかと思うんだけど」
「タビネズミ?」
黒目勝ちの瞳で15a下から見上げて、紀田君は言葉の一部を繰り返す。
アイウエオの5音の内4つが入ってる、煩瑣なコトバだ。
発音の終、自然と鼻の上に軽く皴が寄る。

「レミングって言ったら解る?」
「レミング」
耳をするりと滑るような音になった。
今度は合点がいったらしい。
「面白い習性があるんだよ」
「…そういうの詳しくないんですけど」
俺の目はほんの少し細められる。
内緒話みたいに、口の横に手を添えて、寒さで白くなった彼の耳に、小声で。

「集団自殺」


奇妙に鮮烈な印象が空間に跳ね返る。彼は短く身震いしたらしかった。

「増えすぎるとね、本能的に皆で水に飛び込んじゃうんだ。」
「…どうしてですか」

『レミング=人間』説の理由を求めているんだって勝手に解釈して、俺はまた口を開く。
「幸せなら幸せなだけ増えるけど、同時に鈍くなってくでしょう?――自覚無自覚問わずね」
たとえは、『死』とかに。
「人間も?」
短く問うばかりの声は、なんとなく、小動物の鳴き交わしに似ている。
「レミング…」
開きかけのその唇は、中途半端に止まった。
目を合わせて微笑みかける。
紀田君の目は、はたはたと素早く瞬いた。
遠くのネオンの光彩がうっすらと映りこんで、揺れる。
赤・緑・青・白のヒカリの明滅。
ずっと見ていたら逸らすのは、必ず相手。

手の平の中に捕らえた小さな恒温動物を殺す寸前みたいな、甘美な沈黙だ。
柔らかい喉に少し爪を立てると大低のイキモノって死んでしまうんだけれど、あえてしばらくは、殺さず逃がさず閉じ込めておきたい、そういうかんじ。
紀田君が笑い返してくれた事は無い。

大丈夫、キミは怯えなくたっていい。
おんなじだからって事じゃないよ。
大丈夫、捕まえたりしないから、安心して。


「じゃあ」と、ようやく紀田君は続けた。
情事の前みたいな、微妙な躊躇い。
「…臨也サンもその一員ですか」
うん、と俺は肩を竦める。
「残念な事に、どうもそうらしいね」
だからきっと、独りのつもりでいても逃げだせないんだろうなあ。
俺は向こうの景色に視線を移す。
夜の街にひしめく人影は、けばけばしい沢山の色合いで、逆にどれも同じく見える。
どこかで、ダクトが騒々しく動いている。
カリカリと固い音を連続させて、深夜の空気を震わせているんだ。
カリカリと、尖った金属の先端で、ガラスの表面を削っていくみたいに。
多分、俺等も大気といっしょに、カリカリと時間毎に削られている。そんな連想。
「何か知ってようと、みんな水面に向かってふらふら歩いてくんだよね…」
俺は自己憐憫とか陶酔とかを陶い交ぜににして笑った。

頭上、ビルとビルの間から、斜めのヒカリ。
水模様に似た白い線が、車と同じ速さで、青灰色の地表を縦断中。
例外的に立ち止まる線は、どうやら無い様子。

紀田君の肩を軽く引き寄せると、彼は舒に顎を上げた。
咎めるような響きで、言う。
「よくわかんないですよ」
「それでも幸せなんじゃないかって事かな」
「わかんないですよ」
「俺も実はよくわかんないんだけどね、まあ、わかんないのも生物学的に決まってる事だろうから。」
「……わかんないですよ、」
「仕方がないよ」

然り而して、結局はそんな風でいるのに実は満足してるイキモノが人間なのかな、って話。







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