[携帯モード] [URL送信]
帰りたい帰らせて















「離して下さいよ」
「嫌だよ、」
「意味分かんないです」
「離したら君は居なくなるでしょ?」
「……」
「嘘でも否定しようよ」
「俺は誰かさんと違って嘘吐きじゃないんで」

「…沙樹にも正直に言っちゃうしねぇ」


あぁ嫌な男だ。
あえて人の傷を抉るような物言いも、決して離そうとはしない手も、それでも本気で拒絶すればあっさり手放してしまいそうな危うさも、俺は全て嫌いな筈なのに。
それでも今こうやって新宿に居て、好きでも無い男の元に居て、帰宅する自由すらも与えられないでいる。
嫌味な程に整った顔を愉快そうに歪めながら朝の挨拶のように気軽く人権侵害をやってのけるこの男を、神様のように崇めて依存した挙げ句駒のように使われた少女を俺は知っている。

俺も結局、その内の一人だったのだから。


「ちゃんと仕事したでしょ、あんたの欲しがってた情報わざわざ現地まで行って調べて来て、報告書まとめて、何が不満なんですか?」
「正臣君がこっち見ない事が不満」
「…は?」
「仮にも恋人に向ける反応じゃあないよね?」
「元、恋人でしょ。今のあんたはただの上司じゃないですか」


掴まれた腕からじんわりと伝わる温かさ、二年前までは良くこの腕の中に抱かれてたような気もするが、恐らくは気のせいだろう。この男に、折原臨也と言う男に、そんな恋人らしい行為が出来る筈など無いのだから。
人間を愛して、それにカテゴリされない生き物を切り捨てて、その愛すべき馬鹿者共がどんな心境でどんな行動を起こすのか高みの見物に努めて、決して自分の手は汚さない汚い人間。
それがこの上司を表す全てだ。

だからさっさと離してしまえば良いのだ、路地裏にごみのように投げ棄てれば良い。
もはや駒にすらなれない俺を、わざわざ引き留めるような真似事なんかせずに、もう用無しなのだと手放せば良いのに。


「そんな冷たい事言わないでよ、正臣君」

どうしてあんたはそんなにも愛おしげに触れたりするんだ。

「今日は、帰らせたく無いんだ」
「……誰か、に、暗殺でも企てられました?」
「ん?」
「それから守れって、次いでにその最中に庇って死んでくれ、って、そういう事でしょう?」

「…」
「答えろよ、『バレちゃったか』ってわざとらしく肩竦めろよ、愛おしそうに触ったりなんかすんなよ俺は…っ!!」
「…随分歪曲しちゃったんだねぇ、俺のせい?」
「…っは、あんたのせいで可笑しくなるとか、有る訳無いじゃないですか」


俺は可笑しくなんて無い、むしろ歪曲してるのも可笑しいのも全部あんたじゃないか。


あんたが俺に優しく触れる訳が無い。
あんたが俺に笑いかける訳が無い。
あんたが俺を引き留める訳が無い。
あんたが俺を必要とする訳が無い。


そう教えてくれたのは、他でも無いあんたじゃないか。だからその全てを遣ってのける今のあんたは可笑しくて歪曲してるんだよ。
だからそう、困ったような顔なんて、それでも抱き締めるなんて、離したく無いだなんて、言うな。
俺はまた、期待してしまうから。
今度こそ大丈夫だと、根拠も無い可能性に縋ってしまうから。

そんな自分を油性ペンで塗り潰すように奥底まで埋めて、馬鹿な過去だと笑える日が来ないまま風化して、全て無かった事にして来たのに。


「…触、んな」
「君が必要なんだよ、正臣君」
「だから、盾なら、他に…っ」
「俺の傍に、居て欲しい」

嘘だと、言え。
今からでも良い、だから俺の為に死んでくれと同じ口から吐き出してくれ。

「…そんな言葉今更っ」
「信じれないなら、それでも良いさ。俺は君が信じるまで何度だって言うから、正臣君」
「嫌だ触るな見るな言うな同情なんかいらない、憐れみなんかいらないあんたなんか…っ!!」

「好きだよ」
「…っいら、ないのに」


ならどうして俺は今泣いているんだ、こんな男いらない筈なのに、俺の人生には何の影響も与えないと言うのにどうして。
ぼたぼたと情けなく落ちる涙は気付けば臨也さんのコートに染みを作っていて、やっと俺はまた抱き締められたのだと悟って。

でも離す事は出来なくて。


「…あんた、なんか、嫌いだ」
「うん」
「死んでよ、頼むから、もう」
「うん」
「優しくしたり、なんか、すんなよ」
「………嫌だよ、」















「だって俺は、君の事が好きだからね」



帰りたい帰らせて
(もう逃げられない)

fin.


あきゅろす。
無料HPエムペ!