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髪を梳く掌

 其の人は

 白く女性の様な柔らかな指先で髪を梳いてくれた。







【髪を梳く掌】


「正臣君」

 優しい声が、耳を擽る。其れが嬉しくて笑みが零れた。
 紀田正臣という少年は、生まれはイギリス、国籍も持っていた。というのも母親がイギリス人、父親が日本人で所謂ハーフであったらしい。家庭は極々、普通であるし貧乏という訳でもなかったようだ。然し其んなある日、外で遊んでいた正臣は人攫いに攫われてしまう。其の時の正臣は未だ、ものの良悪しが分からない小さな子供で自分が攫われたなんて、理解していなかったし何が起こったのさえ分からなかったのであった。だが正臣はどうやら女の子に間違われ攫われてしまったのだと、後々(のちのち)知ったのである。其して気付いた時には、自分の本当の名前さえ忘れ、ストリートチルドレンとして都会の中で盗みや強盗をして暮らしていた。其れでも、正臣には仲間が居たから寂しいと思う事がなかったのであった。其んな時に、正臣は東洋人の折原臨也という、折原家の御曹司と出会ったのだ。

―このこ、気にいった。ねえ、とうさんつれてかえって、俺のあそびあいてにしてよ。

 何時もの様に道端や路地で遊んでいた。其処に1台の馬車が停まると、中から正臣と同じ歳位の子供が降りて来て突然そう言ったのである。勿論、唖然としたのはいうまでもない。何を言ってるんだ?と奇異な目で眺めてれば、彼の側に居た父親は慌てふためき、正臣達に侮辱する言葉を吐いていた。其れでも、彼は小悪魔な様な笑みを浮かべて言うのだ。

―なにをいうのさ。このこ、磨けばすごいことになるよ。ああ、そうだ。きみおれのしつじになりなよ。がっこうだって何だって好きにさせてあげる。

 綺麗な英語で正臣に告げる。周りは、其れに着いて行けず唯引き止めれた。然し彼は有無言わさぬ威圧感があり、幼い乍らに凄みがあった。其して彼は正臣の手を握ると、馬車の中に引き摺られてしまったのである。
 あれから16年の時が過ぎた。
 あの後、数日の滞在をして仲間と別れを惜しんだ後折原家は日本に帰国した。勿論、子供を1人連れて帰り剰(あまつさ)え遊び相手兼執事にしようとするのだから、親族には侮蔑された。然し正臣は折原家の養子はなく、分家である紀田家の養子になったのである。理由は子供を難産で亡くし、赤ちゃんが産めない体だからというものだった為子供を欲しがっていたそうなのだ。其の為、紀田家の両親や親族は不安だった正臣を歓迎し、今でも大切にしてくれている。

「学校楽しい?」
「はい」
「其んな他人行儀にしなくて良いんだよ。」
「でも……」

 2人は現在、私立の有名高に通っている。クラスは違う為に、臨也はこうやって時々紀田家にやって来て聞いて来る。其の訳を知っているだけに、正臣は嬉しい反面複雑であった。

「また虐められてるんでしょ?」
「いえ」

 正臣は顔を伏せた。其れだけで“虐められてます”と証明されている様なものであったのだが、迷惑をかけたくなかったのである。

「ねえ、其んなに気を遣わなくて良いよ?君が俺の執事で友人否親友であり家族なんだ。心配で当然だろう。君は君の過去の事とかかで、相応しくないとか言われてるんでしょ」
「其んな事…」
「知っているから、無理しないで?俺の取り巻きが君を悪く言うし、実際に相応しくないとか言うんだ。でも俺は、正臣君を選んだんだよ。胸を張っていれば良い」

 彼の言う事は事実だった。正確には、紀田家に引き取られ有名なエスカレーター式の学校に入れて貰ってから忌み嫌われてきた。其の反動で、耳にはピアス、制服は崩し派手になっていた。だから、其のチャラチャラした感じも含め今では孤立し浮いた存在になってしまっているのである。

「俺は貴方の側で居れるだけで幸せなので、何されたって気にしてませんから」
「じゃあ、何で泣くの?」
「ッ」

 初めて言われ自分が泣いているのだと気付く。目の前に居る彼は苦笑を浮かべ、困った顔をしていた。

「大丈夫だから。正臣君は正臣君で良いから。俺はそういう君が好きなんだよ」

 彼は頬をそっと触れ、唇に柔らかな感触が触れた。正臣は何が起こったのか分からず、唖然と見返した。

「正臣君は、俺が守ってあげる」

 だから君のままでいて―彼は微笑を浮かべた。其の瞬間、顔に熱が集まって赤面しているのを正臣は自覚して硬直してしまった。





 ある一軒家の前に黒塗りの車が一台停まっている。其の車は明らかに高級車だと分かるもので、通行人達はちらちらと通り過ぎていた。其処へ、黒髪の少年が一軒家から出て来る姿があり其の車に乗る姿があった。少年は車に乗ると、ソファに背に凭(もた)れ腕と足を組んだ。其して赤い瞳を細め、愉しそうに口元に弧をかく。

「ふふ」

 未だ年若い青年の運転手は、鏡で少年を一瞥すれば眉を寄せた。

「どうかされましたか?」

 運転手は車を発進させると、当たり障りない口調で問い掛ける。そうすれば主人は、突然笑いだした。

「あははは!もう可愛い!僕の思った通りだよ!」

 ソファを叩き、何とも言えないとばかりに腹を抱える。其の主人に運転手は嫌な予感がした。

「静ちゃん正臣君は可愛いね!あんなに健気だ!僕の為に、虚勢まで張って可愛いよホント!」
「正臣様がどうかされたのですか?」

 静ちゃんと呼ばれた運転手は、平和島静雄という名前である。彼は折原家で運転手のバイトをしていた。正臣の存在を知ったのは、先週本家に分家の一族が集まった時に知ったのだ。本家や他の分家から、冷めた目で見られ寂しいそうにしているのを覚えている。

「正臣君はね、ずっと虐められてるんだよ。其れも小学校からね。でも自分が何で其んな事をされているのか分かっているから、正臣君は何も言わない。なんて滑稽だろうね。」

 静雄は背中に悪寒がした。
 この主人は何処か歪んでしまっている。そうとしか思えない。

「正臣君は本当に気に入っているから、あんな風に健気だと堪らない!」
「何の為に正臣様を連れて帰られたのですか?」

 一族が集まった時、静雄は正臣の前でひそひそと話す言葉を聞いている。だから、略全てという程正臣の過去を知ってしまったいた。
 これは、同情なのだろうか?
 問えば主人の瞳が、静雄を赤い瞳が鏡越しに鋭く射ぬいた。其れに体全体が強張る。

「何?気になるの?駄目だよ、あれは一生僕のオモチャなんだ。」
「彼は貴方を慕っている」
「そうだね。僕も正臣君が大好きだよ。好きだし、好き過ぎて愛してるんだ。」

 だから汚れない様にしてるんじゃあないか、と彼は其れは其れは愉しそうに言ってのけた。
 折原臨也という少年は、歪んだ愛で紀田正臣という少年を暖かく包んでいる。だから、他人が干渉しようとすればまるで薔薇の刺の様に嫉妬をさせる。其れは後々、怖い結果を招かねそうで静雄はそっと胸の中にしまった。











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