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俺なんて消えてしまえばいい

 自分が消えてしまっても変わらない。

 自分がいなくても、其れはほんの小さな事

 そう思っていた。







【俺なんて消えてしまえばいい】


 手首から流れる赤い血。其れを朦朧した意識の中で眺める。ざっくりと切れた手首からは、大量の血が流れ排水溝に流れてゆく。
 どうして、こんな事してんだろう。
 息苦しい呼吸が、脳に響く。
 生きるのに疲れた―なんて、言葉は良く聞く。けれど実際にそうなのだろう。あの人の駒、手の平で踊らされるのにはもう疲れてしまったのかも知れない。
 どうでも良いや。
 頭上からの、シャワーが自分を濡らす。正臣は髪も服もびしょ濡れに濡らし、目を閉じて浅い呼吸を繰り返していた。其して、思い返していたのである。其れが思い出というものなのか、走馬灯というものか定かではないけれど正臣は薄れゆく意識の中で考えていた。其んな時、不意に遠くで携帯が鳴り響いた。其の携帯が誰からのものなのか、直ぐに分かったが既に思考を放棄している為に冷めゆく体温と共に正臣は静かに目を閉じた。







 静寂した中に小さな息遣いが響く。然し、其れは辛そうで聞いている者が逆に辛い。臨也はベットに寝かされた少年の頬を撫でて、眉を寄せた。少年は病院服に身を包み、口には呼吸器を付け、腕には点滴をされている。だが其の姿は酷く痛々しかった。だからなのか病人用に用意された部屋に、臨也は不安が募るばかりになっていた。
 このまま、消えてしまいそうだ。
 不図と、窓を見る。
 空は明るい、陽が雀の鳴き声と共に黄色く部屋を照らしていた。
 もう、朝なのか。
 電線には雀が何匹かとまって、まるで朝の挨拶の様に鳴いている。微笑ましい光景ではあるが、今は其んな気分には到底なれず少年の方に向き直った。臨也は昨晩から旧友である、闇医者のマンションに泊まり込んでいる。其れはこの少年が心配で、いられなかったからだ。
 少年の手をそっと握る。

「何をやっているのさ君は、死ぬにのは未だ早いだろ」

 普段、自殺志願者で遊んでいる自分の言葉とは思えない自然と零れた言葉に、臨也は自身に苦笑した。
 昨夜、何時も通り臨也の気紛れでこの少年に携帯をした。然し何時もなら、嫌々でも出る少年が出ない。何度も何度もかけ、其れでも出ない為に臨也が嫌な予感がしたのである。急いでアパートに向かい、部屋に行けばシャワーの音だけが響き渡っていた。其の音が、余計に嫌な予感を形にさせ臨也は額に汗を浮かべた。導かれる様に向えば其処には―――

「本当に馬鹿な子」

 臨也が見たものは、浴室の排水溝に血が流れ、シャワーでびしょ濡れの正臣の姿だった。其れだけで、何が起こっているのか理解出来るものだ。
 不意に、握っている手がぴくりと動く。
 其れに答える様に臨也は、握り返した。瞼が震え、ゆっくりと目が開かれる。何も映しだされていない瞳に、光が反射する。蜂蜜色の色の瞳はまるで宝石の様に輝き、臨也の顔を映した。其して彼の瞳は怯えた子供の様に震え、頬に涙を一筋流した。

「おはよう」

 髪を撫でる。何か喋りたそうに正臣は口を開閉するが、上手く喋れないのか渇いた声が蚊の様に部屋に響いた。呼吸器を外し、臨也は耳を正臣の顔に近付ける。

「なあに、言ってごらん?」

 正臣は苦しそうに、顔を歪める。

―何で、何で?

 涙をぽろぽろ流す。其の姿に、臨也はどう答えて良いのか分からなかった。

「…死のうなんて、馬鹿な真似するからだろ。逃げるなんて酷いじゃないか。正臣君は何時もそうだよ。逃げても何にもなんないし、俺が死なせないからね。」

 この少年にすれば自分の価値等小さいものかも知れないが、彼と親しい者からすれば正臣の存在は大きい。価値は人間が決められるものではない。然し臨也から見れば、正臣は周りから大事にされているし存在が大きいのは言うまでもない。だから死のう等と思うのは、臨也は許せないのだ。
 自分に持っていないモノを、自ら手放そうとするのが臨也には馬鹿にしか映らない。

「……まあ、後でゆっくりお説教をしてあげる。今は安静にしな」

 瞼の上に手を翳(かざ)す、正臣は涙を流し乍らも目を閉じて小さな呼吸を繰り返した。手を離せば正臣は安心した様に眠っていた。

 今は、おやすみ。











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