[携帯モード] [URL送信]
名前を呼んでくれた


「ねえ」
「何ですか」

俺達の会話には欠けている言葉がある。というより、俺が一方的に欠けている言葉に執着して俺もその言葉を言わないだけ。

恋人という甘酸っぱいむずがゆい関係になったのはごく最近の二週間前。
臨也さんが普段通りに「正臣くん」と呼び掛けるから「何ですか臨也さん」と普段通りに返事をしたら、続けられたのは「好きだよ」の一言。鼓動の高鳴りを精一杯無視して、「俺もです」と答えたら顔が赤くなったけど、臨也さんも俺以上に赤かったのがすごく印象に残っている。


だけど、その告白の後から臨也さんが俺の名前を呼ばない。
最初は気のせいかと思っていたが、やはり聞き慣れた「正臣くん」という言葉は長い間聞いていない。
名前を呼ばれるのが今まで普通だったから、余計に違和感を感じるし、認めたくはないが少し寂しい。
だから、俺も名前を呼ばない。
我ながら子供っぽいと思う。でも自分ばかり寂しいなんてずるい。

「………ねえ」
「だから、何ですか?」

強い視線を感じて渋々後ろを向けば若干睨むように俺を見る臨也さんがいた。思わず少し後退る。臨也さんの眉間のしわが僅かに濃くなった。


「何で俺の名前呼ばないわけ?」

思わずポカンとしてしまった。あんたがそれを言うのか、という僅かな怒りとそんなことに臨也さんも執着してくれるんだ、という歓喜のあまり言葉を失った俺に臨也さんは怪訝な顔で「どうしたの?」と問い掛けてきた。危ない危ない、意識とんでた。


「………それを臨也さんがいいます?」
「はあ?わけわかんないんだけど」「い、臨也さんだって俺の名前、呼ばないじゃないですか……」

言ってて恥ずかしくなってきて俯いた。
よく臨也さんは恥ずかし気もく言えたものだ。

「…………え?」
「だから!臨也さんだって俺の名前呼んでくれないじゃないですかっ!」
「だから呼んでなかったの?」
「悪いですか?!」
「あー…いや…………」

珍しく歯切れの悪い臨也さんの答えに疑問に思い伏せていた目をチラリと目を向ければ、またもや珍しい顔を見た。臨也さんの顔が赤い。俺の顔もますます赤くなった。

「……反則じゃないか…」
「は?」
「いや、……可愛いなあ」
「?!可愛いくないです!というか何で臨也さんは俺の名前呼んでくれないんですか?!俺は言ったのに!!」
「あぁー……はいはい、ごめんね ……いや……さ」
「なんです?」

言い辛そうに目をうろうろさせているのが珍しくて面白くてつい凝視していたら答えを催促されたと感じたのか、段々落ち着いてきた臨也さんはいつもの食えない顔に不機嫌を滲ませて言った。


「よくわかんなかったからさ、付き合うとか。意識したら名前呼び辛くなっちゃって。だから、呼ぶの止めた」
「………………ぶはっ!何ですかそれ!!」


思わず笑ったら書類がたくさん上飛行機になって俺の頭に飛んできた。
コツン、と当たって落ちたそれは明らかに仕事の大事な書類で。
笑った顔が引きつった。


「俺を笑ったバツね。明日までに纏めないと給料なし」
「はあ?!酷くないですか?!」
「知らないねぇ」


ニヤニヤ笑う臨也さんは完全にいつも通り。さっきの顔を写メればよかったといまさら後悔した。

文句を垂れながら書類をタンタンと均してしたら、後ろから声がかかる。



「頑張ってね、正臣くん」



その一言に舞い上がった自分を殴りたくなった。



あきゅろす。
無料HPエムペ!