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理由ならちゃんとある




「臨也さんは…」



「臨也さんは、何故俺を助手として雇ったんすか?」




唐突だった。
臨也の事務所で書類の整理をしていた正臣が、パソコンの画面を見ながらにやにやしている臨也に突然問い掛けた。
臨也は瞬間きょとん、とした顔をし、


「理由なんてないよ。ただ、便利な駒が欲しかっただけ」


と、 答えた。
おそらく彼が望んでいない答え。
臨也はわざとそれを返した。
正臣はやはり一瞬傷ついたような顔をし、「そっすか」と素っ気なく言った。





―――正臣くんの傷ついた表情、相変わらず可愛いなぁ…





理由がないだなんて、臨也は本当はそんなことを思っていない。
正臣を雇ったのにはそれなりの理由がある。
それは正臣を満足させるに十分すぎるものだ。
もし臨也がその理由を返事として言っていれば、正臣は臨也に対しての対応を変え、きっと臨也のことをほんの少しだけ信頼できるようになっただろう。


だが、臨也はそれをしない。
そんなのはつまらない。





―――彼は、俺のことをもっと憎むべきなんだ。
そうすれば、自分から仕事を俺に求めたことを心底後悔するだろうね。
俺はその時の屈辱に顔を歪ませる正臣くんが見たくて仕方がない!





「でも、たまには好かれたいって思うときもあるわけで」

「…は?」

「何でもなーい」

「…一体何んすか、気持ち悪いですね」

「波江にも以前言ったけど、雇い主の前でのその態度は正解じゃないな」

「…すみませんね」

「うんうん。口調が難ありだけど、それでいいんだよ。それでこそしがない派遣社員というものさ」

「…臨也さん」




正臣の声に怒気が含まれる。
からかわれたことに腹を立てたのか…、それともただの派遣社員と言われたことになのか…。






――どっちでもいいよ。
正臣くんの怒った顔を見られたらね…。





臨也はソファーに座っている正臣の近くに寄り、隣りに座った。
そして耳元に顔を寄せて、そっと囁く。


「冗談だよ…」



顔を真っ赤にさせて飛び去る正臣の、あまり嫌そうじゃない表情に恍惚とする臨也。
完璧なポーカーフェースと、正臣が動揺していたことから、まさかそんなことでズボンが苦しいと思わざるを得なくなったことは、臨也本人以外誰も知らない。



しかし、その冗談だよという言葉は何に掛かることやら。
さっきの派遣社員と思っていることにか。
それとも理由がないと言ったことにか。
臨也は曖昧模糊が好きな人間らしい。
疑い深い正臣が始めなかなか信用しようとしなかったのはそこが原因ではないだろうか。
本当の所は本人にしか分からないが…。





――え?
本当の理由を教えろだって?
図々しいなぁ…。

愛してるからだよ。
じゃなきゃここまで求めないさ。
"正臣くんのたくさんの表情を見たい"
ただ、その一心だ。
悲しそうな顔。
疑っている顔。
嬉しそうな顔。
怒っている顔。
全て全て見たいんだ。
把握したいんだ。

これを愛と言わずしてなんと言うんだ?




「正臣くん」

「…なんすか」

「好きだよ」

「…どうせ、人間全員愛してるって言うてもりなんでしょ」

「はははっ」





臨也の魂胆も気づかず、正臣は今日も臨也の手の上でくるくると踊らされる。
しかし歪んだ愛が理由でも、愛に焦がれた彼は歓喜し、喜んでその身を手の平の舞踏会へ捧げるに違いない。
それではいけない。
彼は自分の手によって踊らされるのがいい。
なぜなら臨也はこうでしか人を愛せないからだ。
こうやって一人の人間を愛す方法以外知らないからだ。



==End==





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